In my Heart 03
等身大の自己表記
ADEUS SENNA
ちょうど、高校二年の秋かな、真夜中なかなか寝付けなくて、TVを付けた。
同じコースを幾度も幾度も駆け抜けて行くF1マシンの群、なんだ単純なことじゃないか。そう、言ってしまえば終わりなんだけど、そのまま釘ずけになってしまった。
そういえば、次の日、朝寝坊しちゃって、学校さぼったっけ。88年、オーストラリアGPのことだったんだ。
そういえば、この年、アイルトンが初のワールド・チャンプを獲得したんだね。
そしてF1を知り取り付かれちゃったな。残念ながら見た憶えがあるのは、tk4とKEY-changちゃんが、パソコンいじってた時、何となく見てたフェラーリの1ー2だったイタリアGP、そして、あの鈴鹿。
その後はというと、セナのファンになっちゃってさ、その走り、行動の一挙手一投足を見つめてきた。
ピークは、翌年からで、日本でも徐々にブームになってさ、もう、セナが勝った日にゃあ、ビデオを、その直後から見まくり、その逆の場合でリタイヤした日にゃ物がポルターガイストの様に宙を飛んでいましたもの。
友人たちと思い出も数多くありました、鈴鹿に行った時、サーキットに入る前からのエキゾーストと、どよめきにtk4と興奮したこと、プロスト派のKEY-changとのバトル、ポルトガルGP、マンセルと絡んだ直後のHIDE-chanからのテレフォン、そして、あのサンマリノの後、工藤、姉貴からの伝言と激励、同じ哀しみを感じてくれたUG等など。
そして、今も思い出すアイルトンが魅せてくれたバトルの数々、彼が愛したポールへの執念、孤独なる憂いの瞳、歓喜の涙、ひとつの事を追求する姿勢と魂を忘れることはないいつまでも、心に宿り続けるのだろう。
彼が、与えてくれた車をドライブする高揚と夢に感謝します。
言葉で言い尽すのは 哀しいし、不可能だけど、彼がいなければ・・・この車にのることもなかったのかもしれない。
そう、その想いを抱き、今日もステアリングを握る・・・
P.S.
しばらくは、こんな文や詩など書く気もなかったし、なんか言葉で片ずけたくはなかった。すごく虚しくてさ。でも、気持ちの整理なんて付きっこないけど、ひとつの区切りを付けなければと。現実を見据えなければと。