ANGEL SMILE

 そう、あれはいつのことだったろう・・・
 みんなでビートルズやイーグルスを聞いてた頃のこと、遠い昔のことだったような、それでいて、つい最近だったような・・・
 とにかく、一つの真実、僕は美沙が好きで、美沙は渉が好きで、そして渉は美沙が好きだってこと。

 あのころの僕たちは大学受験を控えた高校生。
 僕と渉は中学からの親友だった。
 僕は長男で、自分で言うのも何だが、結構計算高い男で、意地っ張りでもあった。
 将来を親の世話にはなりたくなかったし、だから、いい大学に入って、いい会社に入って・・・そんなつまらない未来を実現させようとガリガリやっていた。
 渉は違った。
 自由奔放で、スポーツ万能で、ま、いわば僕とは正反対ってヤツで、だからこそ続いた友情だったと今は思う。
 最初に美沙に会ったのは僕が先だった。
 同じクラスで最初こそ気にもとめなかったが、高校生活最後の文化祭のとき、一緒の班になって、夜遅くまでみんなでがんばって、彼女の帰りを送った時、ああ、こんな女性が僕のクラスにいたのかと妙に新鮮な気分になった。
 でも、文化祭の日、僕のクラスを見に来た渉が彼女と気さくに話しているところを見たとき、嫌な予感が僕を襲った。
 こういったときの嫌な予感ってのは九割九分ハズレない。
 僕も例にもれず、めでたくエスパーの仲間入りって訳だ。

 数日後、渉のバスケ予選大会の前日、応援に行くって約束したものの、僕は行くのが怖かった。
 そして、当日。
 またも予感は的中、美沙が応援席で黄色い声をあげていた。
 試合はそれこそ出き過ぎた小説のように1ゴール差での負け。
 泣きじゃくる彼女をなだめながらも悔しさを隠しきれない渉。
 そんな二人に立ち入る隙なんてあるはずもなかった。

 おい、おまえ、いつまでそんな思いを引きずっているつもりだ?
 この世の中にはどうにもならないことがあるんだぞ。
 何度も、何度も自分に言い聞かせた。
 でもそう言い聞かせてるってことが逆に彼女を意識してる証でもあった。

 そんなこんなの仲が続いていって、僕と 美沙は無事、大学に合格した。
 渉は一年浪人となり、僕と美沙で渉の家庭教師と洒落こんだ。
 辛かった、新しい大学生活、渉のことも、彼女のこともきっぱりと忘れて、なんて甘い考え。
 それが出来るくらいなら、こんなに悩むことも、苦しむこともなかっただろうし、渉とは何だかんだ言っても古い仲だ。

 次の年、渉が受験している間に、僕と美沙は喫茶店で彼が来るのを待っていた。
 美沙は大学の友達の舞って娘を連れてきていた。
 BGMにはレイ・チャールズの”愛さずにはいられない”
 酷な音楽だな。
 いい旋律だけに、よけいに悲しくなってくる。
 渉が受験が終わったらしく、喫茶店に来た。
 美沙と渉がふざけあっている。
 いつも見ている光景だったが、なぜかこの日だけは無性に逃げ出したくなって、用事があると嘘ついて店を出た。
 一瞬、美沙の友達の舞が全てを悟ったような目で僕を見てたような気がした。
 ハ、 解るものか、そうさ、解るわけないさ。
 別の喫茶店に逃げ込むように入り、出来るだけ表からは見えないような奥の席へと無意識に足が動き、一息ついたとき、目の前に舞がいた。

 寂しげな憂いの微笑を浮かべ、同席を求めてきた。
 断る理由も見つからず、僕はうなずいたが本当は一人きりでいたかった。
 舞はやはり見抜いていた。
 僕の気持ち、僕の苦しみ・・・
 僕達は途切れ途切れに少しずつ会話を交し、そして別れた。

 美沙はデパートの本屋でアルバイトをしていた。
 よく、理由もなくその本屋に通ったものだ。
 小雨の降るある日、いつものように本屋に行った。
 僕が到着したとき渉と舞が話していた。
 渉が僕に気付き話しかけてきた。
 舞は僕に軽く挨拶を交すと、その場を去って行った。
 渉にはその仕草が妙に僕達を親しく見せたらしく、軽い気持ちで僕達はお似合いなんじゃないのか、と冷やかした。
 カッときた。
 僕は渉を化粧室に呼び出した。
 運良く使用者はおらず、僕達二人きりだった。
 なにも言うな、一発、殴らせろ。
 それで精算するつもりだった。
 鈍感な渉もさすがに気付いた。僕の気持ちに。
 渉は抵抗しなかった。
 ただ、じっと、その時を静かに待っていた。
 振りかぶり、胸のすくようなストレート。
 僕の拳は、しかし、渉の頬を撫ぜただけだった。
 僕はすぐさま化粧室を出た。
 後ろから渉の一言。すまない。

 しまった。傘を忘れた。
 雨足はさらに強くなっていた。
 でも、いいんだ。この雨が僕の涙を隠してくれる。
 歩きながら後悔だけが少しずつ、少しずつ押し寄せてきた。
 なぜ口にした?言うつもりはなかったのに・・・

 ふと、後ろに人の気配を感じた。
 舞だ。 どうも化粧室あたりからついてきていたらしい。
 彼女が僕に傘を進めた。断わった。
 寂しそうな笑みを浮かべ彼女は自分の気持ちを僕に打ち明けた。
 ・・・彼女は渉が好きだったのだ。

 全く奴等は罪なカップルだ。
 世の中、不公平だ。と、言ったところで何になる?
 僕等は少しの間、笑いあい。そして沈黙した。
 雨に打たれっぱなしの僕を彼女は心配して、彼女のアパートに誘ってくれた。
 彼女は一人暮しらしく、部屋はキチンと片付けてあった。
 服を乾かしてもらって、僕はコタツの中で冷えた体を暖めた。
 彼女に聞いた。君なら自分の気持ちを彼等 に打ち明けるか、と。
 彼女は首を振った。彼等にはいつまでもハッピーでいてほしい、そんな彼等に余計な波紋は投げかけたくない。
 やさしい人だ。
 どうやったらこのやるせない気持ちをそんな風に優しさに変えられるのだろう?
 僕がそう問うと彼女はただ静かに笑った。
 まるで天使のような微笑みだった。

 いつの間にか、僕は寝入ってしまって、目が覚めたのは次の朝だった。
 彼女に礼を言って僕は彼女のアパートを後にした。
 昨日の雨はすっかりあがってしまっていて、とても清々しい空気が僕を包んだ。

 渉は美沙と同じ大学に合格し、そして、 僕達の友情は変わることなく続いている。
 不思議と、今では美沙と渉を素直に受け入れることができる。
 あんなに高く立ちはだかっていた壁も嘘のように消え去った。
 渉の言葉を真に受けた訳でもないが、僕と舞は少しずつ付き合い出した。
 それはきっと、お互いがお互いのことを誰よりもよく知っているからだろう。

 そして今、就職もさほど苦労することなく決まり、僕は渉よりも先に社会人となる。
 スーツを着て、ネクタイをしめながら、僕が確かに感じているもう一つの真実。
 僕達の仲はいつまでも変わることなく続くだろうってこと・・・・・・

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