RISK - The Real Legend - 02
(とうとう北の端のケールまでやってきちまったな・・・。)
朝日を背に受けながらグレニーはそう考えていた。
ここザガード王国の、南端の王都アドニスを中心に傭兵や冒険者の手伝いをしていた彼は、ある冒険を最後にアドニスを出る決心をし、はるばる1ヵ月もかけて北へ北へと旅をしてきた。
ザガード王国を南北に走る大河セントに沿って旅をするうちに、季節は北風の守護聖霊ジュミルエン・ティアが厳しさ、忍耐を教える冬から、東風の守護聖霊トゥーミス・レムセイルが生命の喜びを歌う春にへと変わろうとしていた。
(今頃ギャリオットは・・・いや、あのセルミナ・ジェストはどうしてるんだろう。)
グレニー自身の生活を変えた1人の男・・・ここバルザート大陸に住む人間なら誰でも知っている三英雄の1人だと名乗った男・・・のことを思い出しながら、グレニーは人道りのまだ少ないケールの町の通りの1つを歩いていた。
バルザート大陸は、神話の時代から続いていた『虚空の時代』・・・大神も闇の魔王も存在しない混沌とした時代・・・から魔王グラオスの復活による『暗黒の時代』に入ったと言う。
20年前、大陸の北西一体の魔の地、ゾルディスクでうごめく魔王の軍隊が真の脅威となった時、光と正義を信奉する国々は強く結束し、これに立ち向かおうとしていた。
そしてここザガード王国で、東へと進軍する魔王の軍隊の間隙をぬって魔王の都サンデュラス・カーナを攻めるべくかの有名なの“騎行軍”が結成されたのだった。
その“騎行軍”はしっかり役目を果たし、一時はグラオスは倒されたかのように噂が広まったが、魔王の軍隊の力は弱まらず、今でも北では戦乱が続いている。
その“騎行軍”で活躍し、一時なりと魔王を封じたとされるのが、もう伝説となりつつある三英雄、グラード・ビリス、リベリウス、そしてセルミナ・ジェストだった。
セルミナ・ジェストはもう死んだ、と人は言うが、グレニーは信じていなかった。セルミナ本人と会ったからである。
セルミナ・ジェスト・・・三英雄の1人・・・は、ここザガード王国に仕える騎士だったという。
彼は今なお囚われの身というザガード国王女殿下レディア・クディス姫と幼馴染みでもあり、王女直属の軍隊の騎士長の1人でもあった。
そして剣客としての最高位である青月の称をも持っており、青月の騎士の誉れ高く、ゆくゆくはレディア姫と結ばれてザガード国国王になるとまで噂されていた。
しかし20年前、1匹の悪魔により王女がサンデュラス・カーナへと連れ去られ、それを追う形での“騎行軍”に参加した彼は、名を口にするのもはばかれる魔王と対決し、そして名誉ある死を得た、という事になっている。
20年たった今では、彼は伝説の人となり、ザガードの民で彼が生きているなどと思うものは1人もいなかった。
そして、つい4ヵ月前まではグレニーもそんなザガード国民の1人だった。
しかし4ヵ月前のグレニーの傭兵としての最後の冒険を共にした1人の男・・・もう友とも言える親しい人物は、竜をも服従せしめた冒険の最後に、偽っていた真の名を彼に告げたのだ。・・・セルミナ・ジェスト。
彼は確かにそう告げた。
こうして、一昔前の救世の英雄と歌われた男が1人、再び大陸の上を歩き始めた。
少なくともグレニーだけは、その事を真実として受け止めていた。
(ここだ、ここ。フェラルドの家ってのは。)
彼はケールの町はずれの一角にある小さめの古ぼけた家の正面に立っていた。
彼が4年間の傭兵稼業をやめて北端の町ケールを目指したのも、この家の主フェラルド・バーウィングに1番に合うためだった。
セルミナとの冒険の際、「双頭の智竜の像」・・・過去と未来、2つながらにして見守る青き像・・・という魔法の工芸品の「未来」を覗ける玉を見てしまった彼は、未来の中に何か重大なことを見い出したはずだったのだが、それは漠然とした感覚でしか覚えがなく、いつも彼の心にひっかかっていた。
そんなあいまいな心に我慢が出来なくなったグレニーは、傭兵をやめて、その霧がかかったような未来の記憶をはっきりさせるために旅に出た。
そして、どうしようか迷った結果、魔法のことは魔法使いに聞くのが1番と、以前に一緒に冒除をしたことがある魔法使い、フェラルド・バーウィングの家を訪れることにしたのである。
フェラルドはグレニーよりも年は若かったが、賢く、魔法使い特有のうさん臭さや、インチキ臭さなどなく、真に力を持っていた。
なんでも、彼の家系は300年前にまでもさかのぼる由緒正しい家柄で、かの希代の大魔法使い、タグス・レイ・クウォールの一番弟子が初代というほどだった。
彼ならば、この不確かな記憶をはっきりさせてくれるだろう、とグレニーは考えていた。
「フェラルド、俺だ、グレニーだ。フェラルド!」
朝早いとは思いながらも扉をたたいてみたが、家の主人はすぐに出てきた。
長身の、魔法使いと呼ぶには体格のいいその男は扉を開けてグレニーの姿を確かめると、うれしそうだが、当惑した面持ちでこう言った。
「まさか本当にグレニーとは・・・。久しぶりだね。さあ、中へ。」
グレニーは笑いながらフェラルドと再会を喜び、ケールの魔法使いの家へと入っていった。
この再会が後にどれだけの意味を持っていたかなどは 露と知らずに・・・。
歩みを進めるアースの頭の中には『仲間』という言葉が渦巻いていた。
確かに剣の腕を競いあった仲間はいたが、所詮平和なケールでは剣術は運動の延長にすぎず、剣一本に命を賭けようなどという者など一人も思い当たらなかった。
剣士以外で一人だけ、旅に連れて行くべきであるはずの人物がいたが、彼女には当然その権利があるにもかかわらず、アースはそのことについては考えないようにしていた。
旅は危険に違いない、という考えがアースにそうさせていたのだった。
(エリーシアには黙って旅立つことにしよう。親父達のことが全部分がってから伝えればいい・・・。)
兄妹同然に育ったエリーシアの父ヴァース・ノートル卿も、アースの父と供に旅立って以来依然、行方不明だが、まだ二十歳になって間もない女には戦乱の地への旅は酷すぎるようにも思えた。
彼女が父親のことを思う気持ちも分からぬではなかったが、それはそれで仕方のないことだった。
(もう開いてるらしいな。親父さんらしいや。)
アースが立っているのは勇者達の宿トーマスと印してある看似た古ぼけた店の前だった。
この店は商家の建ち並ぶ通りの一番に、 ひっそりたたずんではいるが、アースがまだこの町にきた頃は武器や防具を買い入れようという冒険者達でにぎわっていたものだった。
トーマスという頑固だが気のいい親父が店主で、冒険に必要な物なら何でも揃というのが店の歌い文句だったが、先の戦乱が一応収まった後は、治安の悪さで有名なディールのただ中にありながら(皮肉なことに)バーダ長老の尽力でケール一帯が平和になってしまったため客足が鈍るようになっていた。
アースは父譲りの剣を錆付かせては大変と幼い頃からここのトーマス親父に剣を見てもらっていたが、今回は自分に合う鎧を面倒見てもらうため一番にやって来たのだ。
「アース坊!こんな朝早くから何の用だ?長剣
の手入れはこの前やったばかりじゃあなかったかな?」
相変わらずの大きな声で迎えてくれたトーマス親父はアースの出で立ちを見て不思議そうな表情をした。
「まるで家出でもしてきたような格好じゃないか。剣も携えて・・・。はあん、さては長老とけんかでもしたんだろう。あの爺さん、根は優しいが偏屈なところがあるからなぁ。」
トーマスの言葉でまた長老の事が思い出されたが、その気持ちをぐっと抑え、アースは誤解を解くために旅に出る旨を告げた。
「するとなにかい、アース坊も冒険者の仲間入りをするってことになるのかい?」
「そうなるかな。だから親父に鎧の面倒を・・・」
アースが言い終わる前にトーマスの大きな笑い声が邪魔に入り、完全にアースの話を中断させていた。
トーマスは嬉しそうな様子で、アースの肩を何回となくたたいた。
「そうか、あの小さかったアース坊が冒険者とはね!確かに今は俺よりも頭ひとつふたつも高いがな・・・。そんなことはどうでもいい、このトーマスが坊をザガードで一番の冒険者にしてみせらあ!まあ、格好だけだがな。」
そうまくしたてるとトーマスは意気込んで店の奥へと消えていき、しばらくして一抱えもある荷物を引きずりながら姿を現した。
それから小一時間ばかりは鎧の付け方や道具の使い方などトーマスの「講義」があり、その後は金は取らないというトーマスをアースが説得する時間となった。
結局アースはすべての装備一式を通常の3分の1以下の値段で買うことが出来たのだった。
「まさか一人で冒険しようなんて思ってないだろうな、坊。」
すべて終わって、冒険者仲間はこの店に連れてくるんだぞ、とトーマスが冗談を言ったとき、アースが言葉につまると、トーマスはすかさず鋭く詰問してきた。
「仲間は身支度がすんでから、と思っていたんだ。だけど危険な旅に出るような知り合いなんてそう思いつかなくてね・・・。」
アースは長老からも指摘された『旅の仲間』について、トーマスからも言われ、当惑した面持ちで聞き返した。
「剣の腕には一応自信があるし、行先も戦乱で物騒でも正義の騎士達の治めるザオックだから、十分気をつけてさえいればどうにかなると思ったんだ。長老も親父と同じ事を言ってたけどやっぱりダメかい?」
トーマスは大きく首を振った。
「ダメだ、ダメだ。坊は旅ってものがどんなものか全然知らん。そんな甘い考えじゃあ、いつになってもザオックなんか着けやしないぞい。ここから王都アドニスまで行くならセントを船で下ればいい。ところが坊が目指すは戦乱の地ザオックと来た!ザオックの首都ジェルスに行くには闇の森を北へ抜けるか、ラシュトの沼を東へと抜けるか・・・とにかく化け物共に会うなという方が無理な話だ。剣しか振り回せない素人が1人でできる旅じゃあないはずだ。」
確かにアースの前途は不安な材料でいっぱいだった。
ここディール地方は戦乱の地ザオックと国境を北で接しているにもかかわらず、ザガードの国王はこの地方には強力な軍を有する貴族や強固な城を置いてはいない。
いや置く必要がないといった方がこの場合はいいのかもしれない。
北西をその山なみの高さ険しさで知られるミド山脈、北を冒すら日のささぬ闇の森、東をラシュト湿地帯、と人馬の通行すら拒む自然の要害に囲まれたこの地は、他国の侵略の心配など無用なものと考えられている。
しかし、裏を返せばこの地から北へと抜けることは困難を極めるわけで、北のザオックへ行こうというアースにとってはこの自然の要害は化け物共と同様、旅の難関とも言える問題だった。
「北へ闇の森を抜けるにしても魔物達がうようよしているぞい。魔法でしか倒せない化け物もいるって話だ。俺が坊なら少なくとも魔法 ・・・僧侶は旅に連れていくな。」
ここでトーマスはにやりと笑いからかうような口調で続けた。
「僧侶ならおあつらえむきにエリスのお嬢ちゃんがいるじゃあないか。あの娘はもう司祭位に手が届くか届かないかってくらい力は強いって話だ。アース兄ちゃんが来いっていえばついてくるんじゃあないか。
トーマスは皮肉たっぷりに“アース兄ちゃん”のところに力をこめた。
エリスというのはエリーシアの愛称だ。
「エリーシアには危険な旅はむかないと思うんだ。だから黙って行くことにしたんだけど・・・。」
そう答えるとトーマスはおおげさに驚いてみせ、そして聞き返してきた。
「黙って行くのはひどい。本当に何も言わずに旅に出るつもりか?それは聞き逃せねえなあ、坊。仲間ってのは気心が知れていたほうがいいに決まってるんだ。それにエリス嬢ちゃんの親父さんも一緒に見つかるかもしれないんだろう?それでも黙って行くって言うんなら俺が承知できねえ。 あの娘に何も聞かずに行くってのは考えもんだぞ。」
はじめは冗談っぽく話していたトーマスも、最後になるとついに怒り出し、それでも答えを渋るとエリスを連れて行かないなら旅になんか出るな、さっきまけた金も全部払えとどなり出した。
まけてもらってやっと所持金のうちでおさまったという事を知って言うのだからトーマスの口調には有無を言わせぬものがあった。
彼が頑固だということは自他ともに認める事実でもあるから、これでは手の付けようがない。
しかたなくアースは折れる事にし、今から教会に行ってエリーシアに会ってくるとトーマスに言った。
「本当だな?坊。よしよしそれなら善は急げだ。今すぐあのお嬢ちゃんを口説きに出発だ!坊の1番最初の冒険にしては少し骨がなさすぎるか?」
大げさに笑いながら、トーマスはアースの背中をぐいぐい押して店の戸口の方へと追い出した。
「エリーシアが行かない、と言った時は許してくれよ、親父さん。」
そう言ってトーマスの方を振り向いたアースの目に、手のひらを返したように上機嫌になってにやにや笑っているトーマスの顔が入ってきた。
「何を言ってるんだ、坊。そこを口説くのが坊の最初の冒険だろう?・・・なーに、心配するな。兄妹みたいに仲良く育ったんだ、エリス嬢ちゃんも喜んでついて来るって。
そうすりゃあ晴れて冒険の旅に出発だ!魔法使いの方は俺の知り合いに旅に出たがっていたのがいたからそっちの方もまかせな。とにかくうまく口説いてこいよ。」
トーマスは店を出るアースの肩を力強く叩き、頑張ってこいと叫んで大きく笑ってみせた。
結局、背中に奇妙な声援をうけながら、アースは教会への道を選んでいた。
一番避けなければいけない事態になったな、と後悔しながら・・・。