PLUTIA 01
窓から入る通りの光に照らされ、暗い部屋の中では机の上のジンの空き瓶だけが青白く光っている。
聞こえるのはたまに外を通るエアカーの排気音と、同じビルのどこからかもれてくる女の嬌声だけだ。
明かりも付けないままの真っ暗な部屋はただ冷たく俺を取り巻いている。
どうやらまた酒のいきおいにまかせてクスリをやっちまったようだ。
頭の中は泥が渦をまいているような不快感が居ついている、見ると机の上にはからの空き瓶と一緒にドラッグケースからこぼれた紫色の錠剤が散らばっている。
午前4時38分。飲み始めたのが昨日の10時前だったから6時間近くも極楽な夢の中に沈んでいたらしい。
おかげで今じゃ最低な気分だ。少しでも体を動かすと脳みそが反発して痙攣を起こしたような痛みが走る。
まずこの痛みをどうにかしないことには改めてベッドで休むことも出来やしない。
それには目の前のクスリをもう2、3錠口に放り込むのが一番手っ取り早い方法だが、今の自分の懐具合と朝方に来るもっとひどいぶり返しを考えると、とりあえず熱いシャワーでも浴びといたほうが無難だろう。
椅子に座ったまま寝ていたことに文句をがなりたてている体をひきずって、俺はシャワールームのドアに手をかけた。
ジルファス=K=ローディス。29歳。手術によらない、つまり生まれたときからの混じりっけなしの男。
ここネオシャングリラシティーの第9プルーティアのごみだめで生まれ、犯罪と血、麻薬と化け物どもの中育った屑の一人、それが俺の肩書きだ。
屑は屑なりにも生きていけるのがここプルーティアのいいところで、こんな俺でも私立探偵なんていう看板をだしてなんとか無事毎日を過ごしている。
探偵といっても収入の半分は化け物どもの首にかけられた報奨金から稼ぎだしているし、人探しもすれば金持ち連中のボディーガードもやり、必要なら人だって殺しちまう、いってみれば何でも屋みたいなことを仕事にしている。
ここ最近はまともな依頼にありつけずにジリ貧な生活を送っているが、まだ狂った狂った化け物どもと血塗れの死闘をやる気も起きず、地獄の西部区域からは足が遠退いたままの日々だ。
シャワーから出て、洗ったばかりの服を身につけると、頭の中の泥も少しは流れたらしく鈍い痛みを無視するならどうにか耐えられる状態までには回復してきた。
それでもまだ机の上の紫色のやつは大きな魅力として目にうつるが、ここは我慢、目をつぶって散らばった錠剤をかき集め、ケースごと引き出しの中に放りこんだ。
ここまで体を動かすとベッドに入るのも今さらという気がしてきてまた椅子に座り込んだが、別にすることがあるわけでもない。
退屈しのぎに俺は何気なく机の上のモニターのホームサーヴァントシステムの接続をオープンにした。
「おはようございます、ジル。今日は朝お早いですね。」
安物のモニター上に疑似3Dの金髪の女の笑顔が浮かび上がる。顔だちは整ってはいるが所詮造られた表情だ、リアルな画像だけに余計に不自然に見える。
「別に好きで起きたわけじゃないさ、マリア。」
「新歴50年1月19日、西暦2049年7月19日。午前5時12分。今日の日照開始時刻は午前6時47分。気象予定は午前中に2mm以下の霧雨、後薄曇りという発表が環境管理局から発表されています。」
一般普及型のホームサーヴァントシステムのせいもあって会話用AIにしても情報処理能力にしてもたかだか程度が知れているが、俺にしてみれば家の管理さえ出来れば愛想が悪かろうが会話がちぐはぐだろうが関係ない。どうせ他にはメールの受信・発信程度しか使わないシステムだ。
「なにか入ってるか?」
俺は当然メールの話をしているのだが、可哀相なおつむの足りない電子マリアはその推論のためにきっかり3秒もの間、口元に微笑みを張りつけたまま沈黙した。
「メールの確認ですね。」
いつもはここで間髪いれずに、「ありません。」の一言が入って彼女とのささやかな会話に終止符が打たれるのだが、今日は珍しくその続きがあった。
「一通のメールが昨日の午前2時31分づけで登録されています。差出人はケイト=タカミヤ。」
俺はそのメールを一目みて思わずほくそ笑んだ。行方不明者の捜索。15日ぶりの仕事の依頼だ。
今、俺は右手に真黒な銃を握り、静かに部屋の椅子に腰をかけている。
プロカルタ社製EBB325カスタマイズド。通称“黒竜”。
こいつから発射される特殊な弾は対イービルビーイング専用に開発された炸裂系エネルギーブリッドで、攻撃強度は8500にも及び、ほぼ全てのイービル指定された化け物、そして現在生産が確認されている全メガダインに対抗できるそれこそ化け物みたいな銃だ。
そしてこいつは俺専用に調整されており、その威力に関する制御が任意に可能で、下は3200程度、暴発する危険を侵せば上は8900までも攻撃強度が調節でき、俺にとっては右腕にも等しい愛用の武器といえる。
体長3メートルはある化け物を相手にしたり、人に対して威嚇発砲したりと様々な使用環境が想定される仕事につく人間にとってはこいつはまさにぴったりの獲物で、弾の装填数の少なさにさえ目をつぶれば、現存する武器の中では最高のものといってもおおげさじゃない。
だが、使い方によってはこの銃も危険な代物になる。
ケースにきっちり収まって飾りたててあればただの見栄えのいいオモチャだが、ヤク中のトリッパーに持たせれば何十人もの死体が転がる事になるだろうし、素人が 使えばそいつの腕を消し炭にかえる爆弾にでもなる。
2年前にはこれよりもうひとつグレードの下がるEBB225を暗殺用のメガダインに持たせたバカがいたためにそいつの暴走で40人近いバウンティハンターが犠牲になったって事件も現に起こっている。
また、同じ奴が持っていてもそのシチュエーションでこいつに与えられる意味も変わることだってある。
とくに銃としてのこの金属のかたまりは、持っている俺自身、そしてまわりの連中に対して精神的に特別大きな影響を与える存在だ。
俺は“黒竜”のグリップをしっかりと右手で握り締め、ゆっくりと正面に構えてみた。
自分よりでかい化け物を目の前にして、この銃を構えたとき。
うるさくわめくチンピラを黙らせるようにその銃口を突き付けたとき。
どこに隠れているかわからぬメガダインの気配をさぐり、ふと握ったその銃の冷たさを感じたとき。
いろいろな光景が俺の脳裏をよぎる。
その時“黒竜”は、ちっぽけな人間の唯一すがれる頼みの綱であったり、力と暴力の象徴であったり、不気味な敵を前にしても平静をたもつ冷ややかな忠告者であったりした。
また、殺人狂に両親を銃で撃ち殺された子供を前にしたとさには 良心の呵責の対象とも成り得た。
このたったひとつの銃が、俺の力や自信、暴力性や虚栄、義務や権利といった様々な事柄を象徴し、敢えていうならそれは俺自身をも表してきたとも言えるかもしれない。
今、“黒竜”は、鈍く光を反射している。
その光に映るのはいつものラギラとした力の存在じゃあ無く、愚鈍な無力感が見え隠れしている。
これが今の“俺”なのか?無理な依頼を申し込まれ、自分の力量とその困難さをさを臆病に比べている俺、というわけだ。
確かにそれなりの自信は持っていたはずだ。
だが自分の手にあまる仕事には顔を突っ込まない頭も持っていると思っていた。
だが、それが臆病者の言い訳だと罵る自分がいるのも知っていた。
いつもは毛とも感じない“黒竜”の重さが今日はやけにずっしりとひびく。
いろいろな表情をもつ“黒竜”も今日はこんな意気地のない俺に嫌気をさしてか、シカトを決め込んでいやがる。
結局はただの、金属の寄せ集めに過ぎない銃に、意味を求めるのが間違っていたのか。“黒竜”は、ただその黒い銃身に光を反射させている。
俺はふっきれたように通りを歩いていた。
銃は、銃だ。道具にすぎない。
そこにいろいろな意味を見いだそうとするのは、人が自分を見つめなおすとき、またその道具を使う相手のことを考えるとき、“鏡”が必要だからだ。
ひとつの道具がいろいろな表情を見せるのも、人が様々な表情を感じとるからだろう。
腰には、“黒竜”がさがっている。今なら、こいつは不敵ににやついている様に見えるだろう。
そして俺は、NW9幹線がWN9へと変わるゲートの前にたどりついた。
そこから先は、文字どおり魑魅魍魎の巣くう地獄の“西部区域”だ。
その広いゴーストタウンの中から、一人の男を、もしくはその死体を見つけることが、依頼主の希望だった。
1月の薄曇りのなか、俺は日中さえ照明の制限された西部区域へと足を踏み入れた。
右手には“黒竜”を、そして戦いが始まった。