RISK - The Real Legend - 01
1.勇者達の旅立ち
アースを見据える目があった。それは鋭いながらもそれでいて優しさに満ちた慈悲深い目であった。
「どうしても行くというのか、アースや。」
その声は抗するにはあまりにも慈愛に満ち、またなれ親しんだものだった。
アースはこの声が数年来、いや十数年来胸に秘め続けてきたある決心で、大きく揺り動かしているのを実感した。
長い年月をかけてようやく実現しようとしていたその決心は今にも崩れそうになっていたが、アースにはそれを強く引き止めるものがあった。
それは右の腰に帯びている一振りの長剣と、体中に脈打つ両親から受け継いだ血だった・・・。
アースは6歳になった年、ただ一人の身内である父に連れられケールの町の外門をくぐった。
彼に兄弟姉妹はなく、母すら彼が言葉を覚え始めたころに天に召されていた。
父は戦乱の地と呼ばれるザオック国の騎士団に属し、その青銅の騎士長を務めていたジムダ=ローウェルで、かの<騎行軍>の数少ない生還者の一人であった。
しかし父はその<騎行軍>から帰ってくると間もなく、部下でもあり親友でもあったヴァース=ノートル卿と共に探索の旅に出るといい、騎士の位を捨ててその目的も告げずに旅立ってしまった。
結局残されたアースはノートル卿の一人娘エリーシアと共にここケールの町の教会の孤児院へと預けられたのであった。
彼の父はその息子に旅立つ理由を何ひとつ告げなかったが、アースは今でも、父が最後に言った言葉だけは思い出すことが出来た。
「アースよ、真の光を求めろ。例え大陸中の人間がお前は闇へと向かっているんだとお前を責め立てたとしても、もしお前自身が真の光を追っていると信じる間は後を振り返らずに前へと進むんだ。」
アースの父、ジムダはアースにそれだけ言うと、一振りの長剣を手渡し、この長剣が振るえるようになった時にすべてが分かるだろう、と付け加えて町の門の外へと消えていった。
アースはその日その時から今日という日まで16年間、父のその言葉だけを、父の背だけを追い続けてきた。
父の旅立つ理由や、アースの分からぬことすべてを解き明かすのに、それだけが絶対の方法であるかのように・・・。
「アースや、お前はまだ若い。やっと22の歳を数えたばかりじゃ。なのにどうして自ら進んで死にに行くような旅へ出るというのじゃ。 この町に留まれば知らずにすむ悲しみも多かろうに。」
アースはうつむきながら考えていた。確かに悲しみはないかもしれない。
しかし町に留まることは同時に心を引き裂くような焦燥感に絶えながら暮らさねばならない事をも意味するのだった。
アースは父と別れてからいつも創造の父を追い続けてきたが、時が経つにつれ少しずつ、少しずつその父の影は遠ざかって行くように思われた。
父の言った「長剣の振るえるようになった時」に至ってからはその思いはさらに増し、昔と何も変らず、何も理解できずにいる自分にに苛立ち、何の変化もなく、何も教えてくれない日常にすら苛立ちを覚えていた。
明日旅立たねば、いや今旅立たねば父に追い付くことが出来ずじまいになるのでは、という焼けるような焦りがアースの胸を焦がしていたのだった。
アースはふと、こんな苛立ちの中で日々を送ること自体が深い悲しみなのではないかと思いもした。
「長老様には長い間お世話になりました。この10年間に長老様が俺にして下さったことは大変感謝しています。本当なら今から恩返しをしなければならないということもよく分かっているつもりです。・・・しかし、今旅立たねば、俺は一生一人立ちできないような気がするんです。」
アースは話しながら目の前の老人・・・バーダというケールの町の長たる老人の目を直視することが出来なかった。
もしこの老人と視線をあわせれば自分の決心を辛うじて保たせている何かが音をたてて崩れてしまいそうに思えたからだ。
「お、俺は長老のように賢くもなければ知識も豊富な方じゃない。他人に自慢できることと言えば剣の腕だけ・・・。そして、その剣は戦いの場でこそ振るわれるべきものだと思っています。 しかし今のこの平和なケールは剣士を必要としていないように見えるんです。」
確かにアースは町一番と言われるほど剣の腕は立った。
しかしそれがこの平和なケールでは何も意味しないということもまた事実だった。
バーダはアースがそう告げ終わると、あきらめたかのように苦笑いとも見える微笑みをうかべた。
「わしはお前を教会の孤児院から引き取ってから10年間、いつかはお前がそう言いだすものと思っておったが、こうも唐突に言いだすとは・・・。いや、お前にとっては唐突でも何でもないのじゃろう。思慮深いお前のことじゃ、よくよく考えてのことなのじゃろう。アースや。」
アースはその問いかけに素直に頷ずいた。唐突などではない。遅すぎたかも知れないのだ。
「ならば老体は何も口を挟むまい。」
そうポツリと言うとバーダは座っていた椅子を離れ、棚の引き出しから何かがつまったなめし革製の袋を取りだし、テーブルまで戻ってきてそのずっしり重い袋をアースの手に握らせた。
「わしの餞別代わりじゃ。支度金としてでも使うがいいじゃろう。」
アースは袋の中の銀貨を見た後、わけも分からず長老の顔に視線を移したが、そこに悲しさとうれしさの入り交じった笑顔が浮かんでいるのを見、そして袋の中の銀貨がどういうものなのか分かると、突然目の奥から熱いものが込み上げてきた。
それは止めようとしても次から次へとあふれだし、しばらくしてやっとアースは自分が柄にもなく泣いているということに気付いた。
悲しくて泣いた事は幼いころ幾度もあったが、人の優しさがうれしくて泣くなど初めてのことだった。
「泣くでない、もう1人前の大人というに・・・。別に今生の別れというわけでもなかろう。お前の父上の歩いていった道をたどるのはそう簡単にはいかぬかもしれぬが、焦らずゆっくりと旅を続ければおのずと道は開ける。まずは町で気の許せる仲間を見つけることじゃ・・・。」
アースは驚いてバーダの顔を見た。
父の事など一言も口に出したつもりはなかったが、長老は何食わぬ顔でアースの本心を言い当てたのだ。
なぜ、と聞こうとするとバーダは面白そうにアースの顔を覗き込んだ。
「どうして分かったんだ、とでも言いたげな顔じゃな。なーに、人間歳をとるとある程度は人の考えていることが分かるようになるものじゃよ。・・・そうそう、歳をとってもうひとつ出来るようになる事があったのう。なんじゃと思う。」
そう言うとバーダは得意そうに右手の人差し指でアースを指差しながら話し始めた。
「それは助言であり忠告じゃ。アースのような若い連中に忠告できるようになるんじゃよ。」
バーダはしっかりとアースの目を見据えながら話しを続けている。
今まで見せていた悲しそうな様子はいつの間にか消えうせ、その顔には長老者の見せる威厳と、若者を叱咤する厳しさ、そしてアースを思いやる優しさがあった。
「わしはお前に1つだけ言っておくことがある。・・・とにかく焦るな、ということじゃ。お前の目には若者特有の性急さが見えかくれしておる。今のままここケールを飛びだせばお前の父上を見つけるどころかその足跡すら見出すことは出来ぬじゃろう。わしがお前に言ってやれるのは焦らず落ち着いて行動しろ、という事だけじゃ。」
バーダはゆっくりと自分の椅子に戻り、そしてアースを見つめた。
「焦りは真実を隠す霧、過信は自らを縛る縄、と昔から言われておる。北のザオックは再び魔王グラオスが復活したとかで雲行が妖しい。 アースは確かに剣の腕は立つが実戦では素人なはずじゃ。 力がつくまでは心許せる友人達と冒険者を気取って様子を見るのもよかろう。・・・とにかくその金で身支度をして仲間を募るのがお前にとっては最良にして最短の道。 いざというとき頼りになり、信頼でき、助け合うことの出来る者達こそが仲間と呼べるのじゃ。良き仲間を見つけるのじゃぞ・・・。」
そこまで言うと長老は椅子から離れ、身にまとったゆったりとしたローブの裾をひきずりながら寝室の方へと歩み出した。
そしてアースには背を向けたまま、くぐもった声で話しを続けた。
「老いぼれが言いたいことはそれだけじゃ・・・。思い立った以上出立は早いほうが良いな。明日の朝早くに出かけると良いじゃろう。わしは疲れておるから見送りなどせぬ。・・・そのつもりで静かに行くのじゃぞ・・・。」
バーダが寝室のドアに手をかけるのを見た時、それまで何も言わずに長老の話を聞いていたアースははじかれたように立ち上がった。
「長老様!」
今まで10年間世話になった礼と、別れの挨拶は今しか言えぬような気がしたアースは、あわててバーダを呼び止めた。
しかし、言いたい事は山ほどあるというのに、頭の中が火の棒でかきまぜられたように熱くなり、言葉は一言も口には昇ってこなかった。
ゆっくりと振り返った白髪に髭を蓄えた老人の顔を見て、やっとアースはからからの喉から言葉をしぼり出した。
「今まで、有難うございました・・・。」
長老はそれに弱々しく微笑んで答えると、ドアを開けながらアースを見つめた。
「アースや、わしは別れなど言わぬぞ。別れとはもう二度と会えぬ者同志が使うものじゃ。お前は危険な旅へと出るがわしはここに残る。それだけのことじゃ。お前に忘れて欲しくないのは、お前には帰る所がある、という事。 この老いぼれがいつでもお前が帰ってこれるようここで待っていよう。なんの心残りもなく旅に出るが良い。帰る所があるという事ほど旅人を勇気づけるものはない、と言うからな。」
そこまで言うとバーダは自分の寝室へと歩み入り、最後に一言、言い残してゆっくりとドアを閉めた。
「汝の旅路に悪しき風の吹く事なく、つつがなきよう・・・。」
アースはしばらく閉まったドアを見ていたが、右腰の剣と、長老の消えて行ったドアとを交互に見、そして目の涙を拭って新たな決意をした。
帰ってこよう、なにが起きようとも必ず最後にはここに帰ってこよう、と。
朝日がアースを包み込んでいた。
長老はまだ床の中なのだろう。見送りなど誰もいないドアを静かに閉めて、アースは町の中心へと歩きだした。
もしかして窓からでも長老が見送ってくれているかもしれない、とも思ったが、アースはもう振り返らなかった。
後には去りがたい思い出が横たわっている。しかし目の前にはこれからへの希望が広がっていた。
朝日を眩しく反射させている腰に下げた父譲りの長剣が、いつもよりずっしり重く感じた。
前途の厳しさと、その中で唯一頼れる物が感じさせる重さだった。