星屑たちの合奏団 04
4. 強くならなきゃ
麗美は海の側の公園で車を降りた。潮の薫りが鼻に心地いい。そう。 麗美は海のほとりの町の産まれだ。
磯公園の近くのこの公園はさすがに平日だけあって人気はあまりない。
今、麗美は磯にある咲耶の実家に行った所だ。予想どおり、誰もいなかった。
このあとどうしよう。全く当てはない。公園の海に接した端にある防波堤に昇ってその上に腰掛けた。大きな、写真で見たものや記憶の中にあるそれを明らかに圧倒した迫力で迫って来る桜島に一瞬、圧倒される。
それにしても・・・この鹿児島のどこをどう探そう?知り合いと言っても阿瑞家に関係しない知り合いなんて鹿児島にはいやしない。今、阿瑞の人間に頼る訳にもいかない。今は阿瑞一族の者にこの緊急事態を知られる訳にはいかない。玲の命がまだ安全な内は出来れば内輪で解決したい。
麗美はしばらくなにをするでもなく桜島を眺めていた。そして大きく一つ息を吸うと立ち上がった。
堤防から飛び降りてゆっくりと車に向かって歩き出す。とりあえずはあては無いけれど捜し回ってみるしかないだろう。咲耶たちが昔住んでいたという辺りを中心に。
麗美は車に乗り込んでエンジンをかけた。
「弥生、咲耶!」
博多駅の到着ホームには鏡面が来ていた。長い髪と吊り目が印象的な美人だ。
「姉さん。」
咲耶は鏡面に駆け寄った。
「咲耶。大きな靴持って・・・大丈夫?」
確かに咲耶には重すぎる荷物のようだ。駆け寄るあいだもよろけている。
「大丈夫。ちょっと重いけど。」
そう言うと咲耶は荷物を地面に置いた。それを鏡面が代わりに持つ。
「車、近くの駐車場に置いてあるわ。」
鏡面はそう言うと歩き始めた。咲耶も弥生もその後を追う。
車に着くまでにお互い近況を話した。鏡面は香澄の行方はまだはっきりしない事、でも L・O・Gの拠点らしいものなら幾つか見つけている事。その一つが博多にある事を話した。
車は4WDだ。咲耶は車に詳しくはないが弥生の説明でパジェロという車だということを知った。
「とりあえず、私のアパートに行きましょう。」
鏡面はそう言うと車を発進させた。
朝ということもあって道は混んでいる。
「少し、かかるかもね。」
鏡面がそういって後ろを向くと咲耶は眠っていた。
「咲耶、昨日寝てないのよ。」
助手席の弥生が小さな声で言う。
「そう。玲さんの事が心配なのね・・・可哀想に。」
「神経張りつめすぎだったからね。鏡面姉さんに会って緊張がほぐれたんだね。きっと。」
弥生はそう言うと大きく欠伸をした。
「弥生も寝ていいのよ。この混み方じゃ結構時間かかりそうだから。」
「うん。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらって・・・」
弥生は目を閉じた。
「弥生。着いたわ。」
鏡面の声で弥生は目を開けた。
「ここが今の私の拠点よ。」
鏡面は車の正面に見えるアパートを指さした。
「・・・」
ぼろアパート。最初に弥生の心に浮かんだ言葉はそれだった。本当に建ってるのが不思議なくらいの建物だ。
「あはは・・・びっくりした?ぼろいでしょ?でもねここは制約も無いし便利なんだよ。」
鏡面はそう言うと後ろの席の咲耶を起こしにかかった。
「咲耶、起きて。着いたわ。」
「・・・ん?」
低血圧の咲耶は緩慢に目を開け腕を伸ばした。しかし、まだ状況を把握していないようだ。
「着いたわ。」
鏡面が繰り返すとやっと状況が把握できたのだろう。大きく息を吸って言った。
「ごめんなさい。 寝ちゃったみたい。」
鏡面は笑った。
「いいのよ。これ。鍵。先に部屋に入ってて。私、車を駐車場に入れてくるから。」
鏡面は咲耶に鍵を渡した。咲耶と弥生が荷物を下ろして車から降りると鏡面は車を発車させた。
「すごい、アパートだね。」
後を追う。
「わ・・・あ。」
咲耶がつぶやくように言った。
「うん・・・なんか・・・今時、こんなアパートもあるんだー。」
弥生も感心した様につぶやく。
「ま、ここにこうしててもしょうがないから部屋に入っときましょう。」
咲耶は言うと荷物を持って歩き出した。弥生もドアを開けた咲耶は部屋の中を見て驚いた。生活臭が全く無い。6畳の部屋には電話と無線の装置、そしてコンピューター、机以外は家具らしいものはない。簡単なキッチンには小さな鍋とヤカンが置いてあるだけだ。 冷蔵庫すらない。
「姉さん、こんな部屋で暮らしてんだ・・・」
弥生はそう言って部屋に入った。玄関で立ち止まっていた咲耶も後に続く。
「なんかさ、寂しい部屋だね。」
弥生が言う。
「うん。寝るだけの部屋って感じ。」
咲耶がそう言ったきり二人とも黙り込んでしまった。
弥生には沈黙が重く感じた。いつもなら別に会話がなくてもなんて事ないのだけれど場合が場合だけにどうしても咲耶に気を使ってしまう。
「・・・いい天気だね。」
弥生は白々しく聞こえるせりふをつぶやくように言った。
「うん。」
「もうすぐ梅雨か・・・」
「そうだね。」
「やだね。」
「うん。」
「ねえ、咲耶」
弥生が何か言おうとした時、咲耶はにっこり笑った顔を弥生に向けた。
「大丈夫だよ。私。だからそんなに気、使わないで。」
「・・・でも・・・」
「大丈夫。大丈夫にならなくっちゃ。玲さんを助けるんだから。もっと強くならなきゃいけないわ。」
そう言った咲耶の顔は大人っぽくてでもすごく壊れやすそうで、そして悲愴な感じが漂っていた。弥生は何も言えなかった。
目の前に鹿児島の夜景が広がる。
城山からは鹿児島の街が一望出来る。麗美は城山の頂上に建つホテルに部屋をとった。本当はもっと安いホテルをさがそうとしたのだが気が変わった。一日、吉野姉妹をあてもなく捜し続けて疲れた体を休めたくなったからだ。
窓の外の風景に飽きた麗美はベッドに寝転んだ。さっき、水前寺に入れた電話であと、1日さがしてみて見つからない時は仕方がないから帰ってきてくれという事だった。
(・・・っていったって・・・明日、どこをさがそう?)
麗美は途方に暮れた。今日も何の手掛かりもないままだ、歩き回っただけだ。明日一日、同じ事をしても見つかるとは思えない。
麗美は目を閉じた。
まぶたの裏に玲の顔が浮かぶ。
「玲・・・何処にいるの・・・」
つぶやくように言って麗美は大きくためいきをついた。
リビングの方から何やら緊迫した空気が漂っている。
夏美はさっき、覗いてみたが和輝と瑠璃香が深刻そうに何やら話し込んでいる。とても夏美が入り込む余地は無い。仕方がないので夏美は自分の部屋に引き上げることにした。それにしても・・・夏美は思う。この家は広くて静かすぎる。
みんなが居た時はそんな事、考えた事はなかった。考えてみれば昨日の朝にはこの家に6人の人間がいたのだ。それが今では3人。半分だ。
大体、この家の『家族』は玲を核に集まっている。改めてそれを思った。その証拠に玲という核が取り去られた今、この様にばらばらになってしまう。さらわれたのが玲でなく他の誰かだったら玲を中心に固まってこんなばらばらになることもなかっただろう。
夏美は机に向かってためいきをついた。
そっと机の上のパソコンの電源を入れた。ピッという音の後、カチカチとディスクを読む音がして画面に「一太郎」の文字が映し出される。
夏美は文書呼び出しを入力して文書を呼び出した。
ディスクを読む音の後、画面に文章が表示された。玲からの手紙だ。玲がこのパソコンをくれた時に一緒にくれたものだ。夏美がそれに返事を打って渡したら玲は前の文書に続けて返事をくれた。そんな感じで交換日記みたいな事を続けていた。夏美にとってこのディスクは宝物だ。 落ち込んだ時や元気になりたい時にこうして呼び出して読み返す。
玲の優しい人柄が行間に滲み出ている。
夏美の右目から涙が落ちた。
「玲くん・・・私・・・」
「どういうつもりなんでしょう?奴ら。」
和輝はそう言って首を振った。
「そろそろ、連絡があってもおかしくないはずだけどね。」
瑠璃香は和輝と対照的に落ち着いている。
「奴ら、あれが目的なんでしょう?」
「あれ」はもちろん、L・O・Gから奪った様々な妖しげな物をさしている。
「もちろん、それはそうでしょう。」
「なら、連絡してくるはずでしょう」
「あせっちゃ駄目。奴らの手かもしれない。こっちを焦らせて精神的に追い詰めて有利に事を運ぶつもりかもしれない。」
「でも、なにもできないなんて・・・玲が誘拐されたのは・・・」
瑠璃香は首を横に振った。
「自分を責める暇があったらいざという時に備えなさい。いずれにせよ玲を助けるために闘わなくちゃいけないんだから。」
「・・・分かりました。」
「分かったら今日はもう、寝なさい。今日は私が起きて警戒にあたるから。」
「・・・はい。」
和輝はそう言うと椅子を立ち部屋に向かった。和輝の去ったリビングで瑠璃香はためいきをつき頭を抱えた。落ち着いている振りをしていたが瑠璃香も本当はすごく不安だし自分を責める気持ちに苛まれている。しかし、それを表に出すわけにはいかない。自分がしっかりしないとこの家の家族たちを支える者は誰も居ないのだ。
瑠璃香は頬を両手で叩いて大きく息を吐いた。