星屑たちの合奏団 03
3. 嬉しいの。
「玲がさらわれた?」
瑠璃香が和輝に詰め寄っている。 和輝は椅子に座ってうなだれている。
「和輝がついていて・・・どうにかならなかったの?」
瑠璃香は苛立ちを隠そうともしない。
「すみません。」
和輝も言い訳をするつもりはないようだ。
「瑠璃香さん、和輝を責めても仕方がないわ。彼にはどうしようもなかったと思うから。それに、どうやって玲を助けるかが今は・・・」
麗美はそう言って和輝を庇った。
瑠璃香は麗美の言葉に少し落ち着きを取り戻したようだ。
「そう・・・そうね。和輝。状況を話しなさい。」
一つ、大きく息をついて椅子に座った瑠璃香に和輝は詳しく玲がさらわれた時の状況を話した。瑠璃香はうなずきながら黙って最後まで聞いた後、一言、言った。
「分かったわ。今から玲を救出するまで非常事態と認識します。阿瑞家の 決まりに準じて行動して。家長の玲が居ない以上、私が代わって指揮をとります。指揮権は私、麗美、和輝、夏美の順で持ちます。」
千数百年続いて居る阿瑞家には様々な「掟」や「しきたり」がある。瑠璃香が言い終わると今まで黙って座ってた咲耶が遠慮がちに言った。
「あの・・・私は・・・」
「あなたは阿瑞の人間じゃないでしょう。だから、阿瑞の規則に従う必要はないわ。」
瑠璃香はきっぱりと言い切った。
「・・・でも、私・・・ 玲さんの・・・」
「婚約者。だけど、まだ結婚してはいないでしょう?だからまだ、あなたは吉野咲耶。阿瑞咲耶ではないわ。」
「・・・」
咲耶が黙ると瑠璃香は言葉を続けた。
「さて、とりあえず、私と麗美はこれからどうするか決めるわ。夏美と和輝は寝ておく事。いつ、行動することになるか分からないからね。」
二人はうなずいてリビングを去った。瑠璃香と麗美も二人でリビングを出て行った。後には咲耶と弥生だけが残された。
「弥生ちゃん・・・」
咲耶が静かな声で話しかけた。 弥生は咲耶の方を向いた。
「なに?」
「玲さんを助けるわ。協力して。」
「え?」
弥生は咲耶の顔を見た。咲耶はいつもの意志の弱そうな表情ではなく強い意志を示すような瞳を見せている。
「あ・・・ 咲耶・・・助けるったって・・・ 私たちだけじゃ・・・」
「鏡面姉さんを呼ぶわ。」
鏡面は咲耶と弥生の姉でやはりL・O・Gがらみで行方不明になっている三つ子の一人、佳澄を捜すために全国を駆けまわっている。
「でも、姉さんは佳澄を捜して・・・」
「・・・ 佳澄ちゃんには悪いけど、私、玲さんの方が大事。それに今回の事は佳澄ちゃんを助ける為にもなると思う。」
咲耶の迫力に弥生は思わず少し身を引いてしまった。
「で・・・でもさ、連絡つかないじゃない。」
「磯の家に留守電入れとけば鏡面姉さん旅先から聞くわ。」
「・・・」
「お願い。弥生ちゃん。」
「・・・」
弥生はためいきをついて天井を見た。咲耶は普段、自己主張が少ない分、言い出したら聞かない。弥生はそのことをよく知っていた。
「分かったわ。 何すればいいの?」
弥生の言葉を聞いて咲耶は嬉しそうに微笑んだ。
「ねえ、咲耶ちゃん、かわいそうじゃない?」
顔を洗いながら夏美が言った。既に顔を洗い終わって顔を拭いていた和輝は顔を夏美に向ける。
「どうして?」
「だってさ、咲耶ちゃんさ、玲くん一筋じゃない。いつも玲くんのことばっかりじゃない。玲くんがいなくてさ・・・何か、玲くんの為にやりたいんじゃないかな。それをさ、さっきみたいに言われたら・・・」
「うーん、確かにね。それはそうかも。でも、瑠璃香さんもいろいろ考えての事だと思う。僕らは阿瑞の人間だ。子供の頃から主家の為なら命も捨てろなんて時代錯誤な事、叩き込まれて育ってきた。そして、それを理屈じゃなくて実感で・・・身体で納得している。だから玲を助げる為に危険な目に遭うのは当然だし義務だ。そして、それをするから阿瑞一族のネットワー クを利用できるんだしいつもその恩恵に浴している。でも、咲耶ちゃんは違う。彼女には今、その義務はないんだ。 阿瑞の一族の恩恵にも浴せないかわりにね。」
「でもさ・・・ 咲耶ちゃんには玲さんを救うための行動はきっと「義務」じゃないと思うよ。」
和輝はうなずいた。
「ならさ、瑠璃香さんに言おうよ。咲耶ちゃんに玲くんを助ける手伝いをさせてって。」
和輝は優しげに笑った。
「優しいな。夏美は。 恋敵の事、そこまで想ってあげられる。いい娘だ。」
夏美は顔を真っ赤にして言った。
「そんなんじゃないよ。私、もう、玲くんの事は諦めたんだから。あの人には咲耶ちゃんがいるから・・・私の出る幕は無いよ。」
言葉の最後の方は辛そうにかすれていた。
「ごめん。悪かった。」
和輝の声は少しうろたえている。不用意な発言だった。夏美はもう玲の事をふっきってると思っていた。
「ううん。いいの。もう、ずっと思っていた事だから。はっきり言葉にできてかえってよかった。」
夏美は目に浮かんだ涙を指でこすって微笑った。
「・・・」
和輝は夏美を見て何も言えなかった。何を言っていいのか分からなかった。
「ねえ、和輝君、咲耶ちゃんの事、瑠璃香さんに言おうよ。ね。」
和輝は腕を組んで考えこむポーズを見せた。
「難しいな。瑠璃香さんは玲を最優先させる。何をするにも玲の為が第一だ。そして咲耶ちゃんを危険にさらされたりするのは・・・」
「玲くんの為にならない?」
和輝は夏美を見てうなずいた。
「・・・じゃあ、さ。私たちだけでも、咲耶ちゃんを助けたげようよ。咲耶ちゃん、必ず自分たちだけで動こうとするよ。」
和輝は髪をかきあげて眉をひそめた。
「うーん・・・でも、危険だからな・・・玲がいたらきっとそれは望まないだろう。」
「・・・分かった。んじゃ、私、寝るね。」
夏美は首にバスタオルをかけたままドアを出た。
和輝はためいきをついた。
(怒ったかな?)
「助けてあげたくないわけじゃないんだけどね・・・僕も。」
(和輝くんが分かってくれないとは思わなかった。)
夏美はバスタオルで頭を覆いながら早足で自分の部屋に向かった。途中、リビングを通った時、咲耶と弥生が何か小声で話しているのを見た。
(ほーら、言わんこっちゃない。あの娘たちだけで何かやらかすわよ。)
夏美は心の中でつぶやきながら部屋へと急いだ。
「とりあえず、私たちに出来る事は少ないわ。何しろ敵の全貌を私たちは知らないんだから。」
瑠璃香はそういってため息をついた。殺風景なくらい整理された瑠璃香の部屋だ。
「玲は・・・玲は・・・」
麗美はいつもの麗美らしくなくうろたえている。
「・・・相手の本拠も何も分からない以上、仕方がないわ。とりあえず、出来ることは敵が仕掛けてきた時、的確に対応して玲を救い出すってことよ。とにかく、玲の無事が至上目的よ。命と引き換えても、救い出すの。」
瑠璃香はそういうとクローゼットを開けた。そしてその中の密封された大きな木箱を引っ張り出す。重そうな仕草で持ち上げると麗美の前に置いた。そしてゆっくりと封を解いていく。
「これは、出来れば二度と開けたくなかったわね。」
木の蓋を開けると中には黒く光る剣呑な物が詰まっている。銃だ。前にL・O・Gから奪った代物だ。
L・O・Gはどこから手に入れたのか、アメリカ陸軍の制式ライフルM16の後期型A2や威力は大きすぎるくらい大きいが扱いにくすぎる拳銃ノースアメリカンカスールマグナムなど裏ルートでも手に入れることが困難な物を豊富にもっていた。
そしてそれをかなりの数、玲たちは奪って来ていた。
瑠璃香は箱の中からスミス&ウエッソンチーフスペシャルを取り出し麗美に渡した。
「これを。常に注意は怠らないように。もちろん、人前では見つからないように。」
麗美はそれを受け取るとせつなげな顔をしてうつむいた。
「また、人殺しになるのね。」
瑠璃香は悲しげに首を振った。
「仕方ないわ。玲の為よ。私たちが自分の手を汚すのをためらっていても仕方ないわ。」
「・・・玲の為よね。玲の。」
そう言って顔をあげた麗美はもう迷いのかけらも顔に見えなかった。
(そう。玲の為なら、世界中の人をでも殺せる。たとえ、それが無防備な子供や老人でも。玲の為なら地獄に堕ちるのも、厭わないわ。)
「二人がいない?」
瑠璃香は眉をひそめた。まずいことになった。咲耶と弥生に注意を向けていなかったのはまずかった。何かしでかすだろうとは思っていたが昨日の今日で行方をくらますとは思わなかった。
「置き手紙が。」
夏美が手紙を瑠璃香に渡す。瑠璃香は封を切って便箋に書かれた小さな文字を素早く目で追った。
「私は阿瑞の人間ではありません。だから、勝手を許してください。玲さんは私の手で助けます。ごめんなさい。 咲耶 弥生」
「・・・まずいわね。」
瑠璃香はためいきをついた。咲耶を嫌いだからきついことを言ったのではない。むしろよその人を危険にさらす訳にいかないと思ったからだ。今朝にでも彼女たちを危険の少ない事をやってもらって懐柔するつもりだった。
夏美は心配気に瑠璃香を見ている。瑠璃香 は少し考え込んで口を開いた。
「夏美、弥生たちの実家の電話調べて。そして鏡面さんに連絡をつけて。」
夏美はうなずくと電話へ走った。
瑠璃香は椅子に座ってテーブルに肘をつき頭を抱えた。頭脳明晰とは言え、24歳の女だ。この事態はちょっと荷が勝ちすぎる。かと言って助けを呼ぼうにも誰を呼べばいいのか。もちろん事態は一族総結集を要請することが出来るくらい緊迫しているがそれをすると一族の中の玲の評価は下がる。下手をすれば跡継ぎを降ろされかねない。
瑠璃香は玲の事を守るのが自分の役目だと思っている。助けたはいいが跡継ぎを降ろされたという事態は避けたい。もちろん、本当に玲の命が危くなれば仕方がないが・・・
とりあえず、まだ、奴らが玲を利用価値があるとみている今は自分たちで出来ることをやるしかない。
(こんな時に・・・あの娘たちは・・・)
「麗美!」
呼ぶとしばらくして麗美がリビングに入って来た。麗美はすでに二人が出て行った事を夏美から聞いているようだ。
「瑠璃香さん、あの娘たち・・・」
瑠璃香は麗美にうなずくと早口で言った。
「まだ、きっと遠くには行ってないわ。捜して。」
「どこを?」
「まず、水前寺駅、そして熊本駅、それでいなければ鹿児島に・・・」
麗美はうなずくと背を向けて歩き出した。
「麗美、拳銃とそれとあれを、自動小銃を。」
麗美はうなずいてドアを出た。
「咲耶、何もこんなに急いで出てくることはなかったじゃない。」
熊本駅のホームで大きな荷物に喘ぎながら弥生が文句を言っている。
「玲さんは今も怖い目にあってるわ。奴らに捕まった事のある弥生姉さんなら分かるでしょう。幸い、鏡面姉さんと連絡も着いたし「行動は迅速をもってよしとする。」よ。」
「何、それ?」
「前に玲さんが教えてくれたの。誰だったか偉い人の言葉。」
「ま、いいけど。つきあうわよ。どこまでも。こうなったら。」
ためいきをついた弥生の目に列車が映った。「有明」。福岡、鹿児島間を結ぶ特急だ。
「乗るわよ。」
いつもと反対で咲耶がイニシアティブを取っている。あの気弱でいつもぼーっとしている咲耶のどこにこんな力が隠れていたのかと弥生は不思議に思う。
二人は列車に乗りこんだ。朝が早いのに結構、人が乗っている。
列車は動き出した。ただ、鹿児島ではなく福岡に向けて。
とりあえず、留守電にはメッセージを入れておいた。これ以外に方法はない。
夏美は電話を置くと瑠璃香にいるリビングに向かった。途中で麗美とすれ違った。
「おはようございます。」
「おはよ。」
麗美は微笑んで手を振りながら部屋のほうに歩いて行ってしまった。
リビングのドアを開けると瑠璃香が和輝と何か話していた。二人の話が途切れるのを待って夏美は声をかけた。
「あの、留守だったので留守電にメッセージ入れときました。」
瑠璃香はうなずいた。
「分かったわ。とりあえず、夏美、今日は学校を休んで。」
「はい。何かすることは?」
「そうね、食べ物を携帯用の保存が効く物をつくっといて。」
うなずくと夏美はキッチンに立った。
保存が効く携帯食。それを準備すると言う事はいつ、戦闘が始まるか分からないという事を示す。
夏美はとりあえず、小麦粉にひき肉と塩、胡椒、ねぎ、卵を入れて水を加え、こねた。これを揚げればそう不味くなく、持ち運びやすい物が出来るだろう。それと飲み物。疲れが取れ渇きを癒すような物。
夏美は少し考えてレモンを絞り蜂蜜で味付けして水で薄めて味を調えた。
とりあえずはこれでいいだろう。手を洗うと夏美はキッチンの椅子に座った。
(玲くん、大丈夫だろうか。)
すぐに殺す事は無いはずだ。L・O・Gは玲たちに様々な大事な物を奪われている。例えば、彼らの研究の成果である薬品のデータとサンプルや不思議な力を持った石等だ。それらは瑠璃香が本家の援助でこの家につけたとてつもなく頑丈な金庫に入っている。金庫は精巧な電子ロックでハッキングなどによって開けることは不可能に近い。更に、破壊しようにも戦車砲で至近距離から撃ってさえへこますのが精一杯というものものしいほど頑丈な作りだ。さすがのL・ O・Gもここから奪うのは至難の業と言える。多分、玲と引き換えだと言ってくるだろう。
とりあえずそれまでは多分、殺す事はしないだろう。だから、瑠璃香も待っているのだ。とにかく今は何をしようにも敵の場所すらつかめていないのだから黙って待つしかない。それにしても切ない。待っているというのは神経を擦り減らす。特に、いつ動けるか分からずに待ち続けるというのは。
夏美はキッチンの椅子に座ったまま天井を見つめため息をついた。
(考えてみれば玲くんを探すために動いてる実感がある分、咲耶ちゃんの方が気分が落ち込まないかもね・・・それにしても・・・あの娘たち大丈夫かしら・・・弥生はともかく咲耶ちゃんは・・・)
麗美は車を鹿児島に向けて走らせていた。水前寺駅でも熊本駅でも彼女たちを見つけ出すことはできなかった。麗美はためいきをついて愛車のパオで九州自動車道を南に下って行った。
鹿児島まで約4時間。大体1時には着くだろう。それはいいとして着いて何処を探すか?鹿児島が田舎だとはいえ広い。どうせ行くなら市内の何処かだろうがその市内もまた結構広い。とりあえずは吉野姉妹の家がある磯の辺りから探すしかないだろう。
それにしても不利な追いかけっこだ。咲耶、弥生の吉野姉妹は鹿児島が故郷で土地勘もある。しかし、麗美は旅行程度しか鹿児島には 行ったことがないので土地勘は無いに等しい。磯に行くのにも向こうに着いてから地図を買って探さないといけないだろう。そんな状態で見つけだせる可能性は0に限りなく近い。さらに、彼女たちが鹿児島に向かったという確証は何も無い。
右手で髪をかきあげて麗美はまたためいきをついた。そして大きく息を吸うとカセットを手に取り、カーステレオに差し込んだ。少しの間を置いて音楽が鳴りだす。麗美の好きなムーンライダーズだ。音楽を聞いて少し頭を落ち着けようと思った。1曲、終わって麗美の好きな 曲、「週末の恋人」がかかる頃には麗美の心も大分落ち着いてきた。そうだ。どうせ水前寺にいても何も出来ずにただ待っているだけなんだ。それくらいなら望みは少なくてもアクションを起こしてる方が建設的でいい。
そう考えると次第に気が楽になってきた。気がつくと麗美はカーステレオに合わせて歌い始めていた。
列車は走り続けている。さっき久留米を通過したからもうすぐで博多に着くはずだ。
弥生は早起きの疲れからか咲耶の肩にもたれてよだれを垂らしながら眠っている。美少女によだれというのはあんまり似合うものではない。咲耶はトレードマークの三つ編みの髪をほどいて、後ろで一つに結んでいる。この方が、髪が邪魔にならないし、いつもの自分から脱却出来る気がした。
さっき、熊本のキオスクで買った空手の入門書を読みながら咲耶はこれからの事を考えていた。
とりあえず、博多で鏡面と合流する。それから、鏡面と一緒に考えて玲の捕らわれている場所を探す。そして見つかり次第、潜入して玲 を助ける。果たして、どこまで自分たちに出来るか分からないが出来るところまでやってみるつもりだ。
考え事は時間の流れの速さを促進するようだ。列車内放送は、間もなく博多に着くことを告げている。
「弥生姉さん、起きて。着いたわ。」
咲耶は弥生を揺り起こす。弥生はうっすらと目を開けて状況を把握するとあくびをしながら大きく伸びをした。
「あー・・・もう着いたの?」
そういいながら口から筋を作って流れているよだれを拭いた。
「姉さん、降りる支度。」
「あ、うん。」
弥生は網棚から荷物を降ろす。咲耶も荷物を降ろして両手に軽く持って座った。
「咲耶。」
「何?」
「・・・あんまり、根、詰めないがいいよ。 咲耶。昨日からずっと寝てないでしょ?身体、弱いんだから、ね?」
弥生の言葉に咲耶は微笑んだ。
「ありがとう。大丈夫。精神力ってすごいものだわ。全然、眠くないの。滅多に徹夜したことのない私が。それに疲れも感じない。それにね、嬉しいの。それは玲さんがさらわれたのは悲しいし恐ろしいわ。でもね、玲さんの為にこうして何かをしている事が私にはとても嬉しいの。」
「・・・」
疲れを感じないのが危険だと言いたかったが咲耶の嬉しそうな顔を見ていると口に出せなかった。
「そんな心配そうな顔をしないで。私は大丈夫。自分の身体は自分が一番、よく知ってるのよ。弥生姉さんも昔、私にそう言ったじゃない。」
咲耶は気付いているのだろうか。普段じゃ考えられない位、荒れている自分の肌に。そして目の下に出来ている濃い隈に。それに弥生が自分の身体は自分が一番知っていると言った後は大概、寝込んだ事を咲耶は覚えていないのだろ うか。弥生は咲耶を見ながら切なさと力不足を感じていた。
「ほら、姉さん、不景気な顔しないで。着いたわよ。」
列車は既に停止してドアは開いている。
咲耶は荷物を両手に廊下を降り口へと歩き出した。そして弥生もそれを追ってホームへ向かった。
梅雨前の晴れてはいるのだが微妙に雨の予感を感じさせる空を夏美は見ていた。庭の水蜜桃の木は繁らせた葉を風にゆらしている。玲の別荘の様な感じで使われているプレハブのベッドに座って眺める庭は夏美にとって少し新鮮だった。いつも見ているのとアングルが違うだけ。それだけでもすごく印象が変わる。
玲は母屋にある自分の部屋よりこのプレハブに居ることが多い。玲はいつもこの景色を見ていたんだな。そう思うと庭の景色はますます魅力を増して夏美の目に映る。
夏美はそっとベッドに横たわった。柔らかすぎない布団が気持ちいい。
もう、昼を過ぎた。和輝と瑠璃香は二人で一所懸命これからの事を議論している。夏美はどうせそこに居ても入る余地がない。
無力だ。そう思う。瑠璃香や和輝の様に頭がいいわけでもない。麗美の様に冷静な訳でもない。弥生の様に楽天的で行動派と言う訳でもない。咲耶の様に全てを捨ててという勇気も無い。もっとも夏美だって阿瑞家の制約が無ければすぐにでも玲を助けるために走り回りたい。しかしそれをすると自分が阿瑞家から除外されるだけでは済まない。父や母、兄と姉まで一族から村八分にされる。そして、夏美は玲の近くにいる事が出来なくなる。それは耐えられな い。だから、夏美はこうやって耐えている。
玲の身を思うと胸が張り裂けそうだ。ひどい目にあってないだろうか?無事でいてくれるだろうか?出来ることなら・・・いっそ、夏美が捕まってればどれだけよかったか。自分にかかってくる苦痛なら我慢すればいい。好きなとてつもなく好きな人が苦しんでいるかもしれないのに何も出来ないこの切なさ。
夏美は天井をみつめながら唇を噛んだ。
どうすることもできない。だけど、それに耐えて奴らが連絡をつけてきてから力を総て注ぎ込まなければならない。
夏美はゆっくり目を閉じた。