Tin Waltz

 その夜は不思議な気分だった。
 どこかから遠く遠く音楽が聞こえている気がしていたんだ。
 こんなに静かな何も聞こえない深い夜だというのに。
 僕はベッドを降りて耳を澄ました。 聞こえるような空耳のような・・・
 僕はじっと息をこらした。夜の静かさが僕を包む。静寂は、完全な静寂はとてつもない騒音より性が悪い。僕はだんだん、夜の闇に包まれて消えてしまうんじゃないかという不安に駆られはじめた。
 僕がそれに耐えられなくなってベッドにもぐりこもうとした時、それは、聞こえてきた。小さな小さな音だけどさっきの空耳とも聞き違えるものとは違って確かなものだ。
 それは下の階から聞こえてくるようだった。僕はその音楽を聞きながら僕がもっと小さい頃、まだ小学校に上がらない頃の情景をなぜか思い浮かべていた。
 今よりもっと小さな僕。
 いつも一番にならないと気が済まなかった僕。
 そして、一人がすきじゃない癖にどのグループにも入っていなかった僕。
 あの頃は・・・今もだけど一つのグループに属するのが嫌いだった。いつもあっちこっちのグループをまわっては好きなことを言い、好きなことをやってた。グループのリーダー達ともよく衝突した。一時的にグループの輪から全く弾き出されたりもした。
 そんな思い出が次々に蘇る。
 この曲のせいだろうか。僕は目を閉じて考えた。
 思い出せない。
 下の階から聞こえてくるのなら下の階に降りてみよう。そうすればきっと何か分かるはずだ。
 僕はパジャマのまま下に降りていく事にした。この間、おじさんからもらったナイフだけはポケットにいれた。それと、お守りの黒耀石。これだけは冒険には必ず必要なんだ。
「勇気!誇り!正義!」
 僕は友達との合言葉を小声で呟くと階段を降りはじめた。 みしゃみしっと階段がきしむ。
 一段、一段、降りて10段。あれ?うちの階段は11段あったはずだぞ。
 僕はおかしいとは思ったけれど気にしない事にした。考えてみればここでおかしい事に気付かなければならなかったんだ。僕たち「翼の探偵達」の基礎的なことだ。いつもと何かが違うときには必ず理由があるんだ。大先輩の小林少年やジャック・マガーク、それにカッレ君、夢幻魔美也ならこんなへまはやらなかっただろう。僕はまだ、半人前だ。
 とにかく僕は階段を降りて耳を澄ませた。どうやら音楽はリビングから聞こえてくるらしい。僕は慎重に歩いていってリビングを開けた。
 そこは、リビングじゃなかった。もちろん、パパの書斎でもパパとママの寝室でもなかった。そこは田舎道だった。ふと振り向くとドアが消え失せていた。
「これは・・・」
 小林少年もジャック・マガークもカッレ君も夢幻魔美也もこんなへんてこりんな目にあったことはないだろう。どちらかというとこれはずっこけ三人組向けの事件だ。
 ずっこけ三人組なみか・・・僕はため息をついた。
 とりあえず、ここはどこだろう?曲がりながら続く土の道・・・左手には梅林。右手には黄金色に広がる麦畑。正面には道が曲がりくねっていて続いていてその遥か向こうに小さく山が見える。
 どうも、おかしい。今は確か僕の記憶が正しければ春も初めだぞ。それなのに麦が黄金色?それに梅林の梅たちは一斉に白い花を咲かせている。矛盾する。春の風景と夏の風景がごっちゃだ。一体これはどういうことだろう?僕は首をひねりながらも音楽の出所を突き止めることにした。そう。優秀な探偵は常に立ち止らない。今はどこにはまるか分からない断片だけどすべての断片が集まれば自ずと全体は見えてくるはずなんだ。そして、断片は行動によって得られる。
「勇気!誇り!正義!」
 呟いてから僕は耳を澄ました。
 どうも音楽は梅林から聞こえてくる。僕はそっと梅林に入っていった。
 音楽はどんどん大きくなっていく。よく聞くと何か金属で出しているような音だ。鉄琴のような何かで。
 ティン・ティティン・ティ・ティィィィン・・・
 音楽は次第に大きく大きくなっていく。僕は前進した。やがて梅林は途切れるようだ。向こうが明るい。
 僕は大胆かつ慎重に木陰からのぞき込んだ。
 そして言葉を失った。広場の向こうには大きな段々があり桃の木が植えてある。そしてその木には爛漫と花が咲き乱れていた。一瞬、視界が桃の花で一杯になった。そして次に目についたのは五体のブリキの人形たちだ。彼らは貴族風の着物を来て鉄琴、トライアングル、シンバル、ベル、そしてブリキのバケツをそれぞれ演奏している。
 ロボットという言葉のイメージをそのまま形にしたような不細工なロボットでロボットたちは一所懸命に演奏している。でも、あんまり上手くはなく時に音を外したりする。大体、ブリキのバケツなんか叩いてまともな音楽になるわけがないんだ。
 しかしロボットたちはそんなことは気にしないで演奏を続けている。
 よく見ると一番上には十二単を着て金の冠をかぶったフランス人形と狩衣を纏い烏帽子をかぶったGIジョーがお澄まししている。その下にはやはり十二単を着てお茶の道具を持ったリカちゃんが3人並んでいる。その下がブリキたちでさらに下に槍を持ったゼンマイ仕掛けの“おもちゃの兵隊”と弓を持った“おもちゃの兵隊”が並んでいる。さらに下で牛車に寄り添っているのは僕が大好きだった木彫りの熊とくるみ割り人形とミクロマンだ。さらに段の下ではたくさんの消しゴム人形たちや戦車、ミニ カー、戦艦、飛行機・・・いろんなものが曲に合わせて踊っている。おもちゃたちはみんな人間くらいの大きさだ。
「・・・むちゃくちゃだ」
 僕は呟いてためいきをついた。やがて、GIジョーがたちあがって言った。
「あそこに誰かおるぞ。 右大臣、左大臣。捕らえよ」
 アメリカ人の顔して似合わないこと言いやがる。僕は思いながらも隠れててももう意味がないので出ていく事にした。
「右大臣」と「左大臣」は僕の方にやっとこやっとこ歩いてきて僕を捕らえた。段の下で踊っていたおもちゃたちが僕を囲む。たくさんのおもちゃの中には見たことのあるおもちゃが混じっていた。そう。あれは、確かに僕のだった。片足のもげたミクロマン。キャタピラの壊れた戦車。
「そこの者、名を名乗れ」
 GIジョーが高圧的にいう。
「僕は和輝だ」
 おもちゃたちがざわざわとざわめく。 僕の名前は何かインパクトがあるらしい。
「ええい、鎮まれい!」
 ぴたっとおもちゃたちがおしゃべりをやめた。
「和輝とやら、お前は何故にこのひな祭りを邪魔するのか?」
 僕もまさかとは思っていたがやはり・・・
「ひな祭り?そっか。今日は3月3日だ。 あー、邪魔する気は無かったんだ」
 GIジョーは半歩前に出た。おもちゃたちがざわっと一瞬ざわめく。
「邪魔する気はなかっただと?ブリキのワルツを止めておいてよくそんな事が言えるな。死刑だ」
 おもちゃの兵隊たちの腕に力が入る。
 肩をつかまれている僕は思わずうめき声を上げた。
 まわりを見ると昔、僕が壊して捨てたおもちゃたちがいい気味だと薄笑いで僕を見ている。冗談じゃ無い。こんな所で死んでたまるか。おもちゃに殺されるなんて僕の尊敬する先輩たち、小林少年やジャック・マガークやカッレくんや夢幻魔美也たちに笑われてしまう。
「畜生!離せ!離せ!」
 僕は暴れたが兵隊たちはびくともしない。槍を持った兵隊が僕を突き刺そうとしている。
「うわぁぁー!」
 僕は目を閉じた。もうだめだ。畜生!どうせ死ぬなら悪人たちの陰謀を阻止するために死にたかった・・・あれ?なかなか槍が来ない。僕は恐る恐る目を開けた。木彫りの熊だ。くまたろーだ。あいつが僕をかばってくれた。くまたろーは槍をつかんで 兵隊と睨み合っている。
「ええい、熊め、裏切りおったか。熊もろともやれい!」
 GIジョーがヒステリックに叫ぶ。あいつ、なんか病気もってんじゃないか?ヒットラーみたいに。
「和輝さん、逃げましょう」
 くまたろーが言う。僕はうなずいた。くまたろーはその力ある腕で兵隊を二人とも投げ飛ばすと僕をかついだ。
 くまたろーが走りだすと後ろから一斉におもちゃたちが追っかけてきた。
 くまたろーは僕を小脇に抱えて一所懸命に走っている。僕はこんなに僕のことを思ってくれているくまたろーをあっさりとどこかになくしてしまったんだ。僕はとてもくまたろーに悪いと思った。僕は馬鹿だ。大事なはずの物をあっさり無くしてしまう。しかももう飽きた頃だったからいいやと捜しもしない。自分の薄情さにもかかわらず僕を助けてくれるくまたろーに僕は涙が出てきた。僕は涙声でくまたろーに言った。
「くまたろ!・・・有難う。 ほく・・・」
 後の方は言葉にならない。
「泣かないで和輝さん。ほら、もうすぐ出口です」
 そう言ってくまたろーは空いてる右手で僕の頬をさすった。
 僕は思いだした。死んだお婆ちゃんが僕が泣くとこうしてくれたっけ。そういえばくまたろーをくれたのはお婆ちゃんだった。僕がおもちゃ屋で気に入って買ってと泣いたけどパパもママも買ってくれなかった。僕がそれでも諦めずに床に転がって泣いているとお婆ちゃんがやっぱり頬をさすって笑いながら
「和ちゃん、ほら、買ったげるから泣かないで」
 って言って買ってくれたんだ。僕はまた、涙が出てきた。
「くまたろーごめんね。帰ったら、ちゃんと捜すから。きっと、きっと捜すからね。許してね」
 涙交じりの僕の声を聞いてくまたろーは優しげな瞳で僕を見て言った。
「いいんですよ。怒ってません。私はいつも和輝さんを見守ってきました。お婆さんに頼まれてね。これからもずっとそうしていきます。私はね、和輝さんが大好きなんですよ・・・ほら、あの橋を渡ったら、一気に走るんです。私はここであいつらを喰い止めますから。いいですか、走っていって林に入ったら大きな樹のうろに飛び込むんです。分かりましたね」
 くまたろーが言う橋はもうすぐそこだ。赤い小さな橋。下を流れる小川。土手のいろとりどりの春の花。でも今はそんな物にかまってられない。
「僕も戦うよ」
「ほら」
「だめです。早く走って」
「くまたろ!・・・だって僕のせいでもうおもちゃたちの仲間外れじゃないか!」
「いいんです。私は和輝さんを守るためにいるんですから。役に立てて嬉しいんですよ。少しでもこのくまたろーの事を思ってくれるんなら早く走ってください」
「くまたろ!・・・」
 僕は走り出した。少し行って立ち止って振り返った。くまたろーは橋の上で弁慶のようにおもちゃたちに立ち塞がっている。
 僕は叫んだ。
「必ず、また帰ってきてよね。僕、一所懸命捜すからね!!」
 くまたろーは一瞬こっちを向いて右手を上げにこっと笑った。
 僕は涙を拭きながら走った。やがて林が見えてきた。全速力で走り込むとくまたろーが言った大きな樹が見えた。根元にうろがある。覗くと奥は深い。少し怖かったけど目を閉じていた。
「勇気!誇り!正義!」
 と叫んで飛び込んだ。僕はすごいスピードで落ちた。とても長い時間。段々と意識が薄れて行くのが分かる。やがて僕は完全に意識を失った。
 気がつくと僕はベッドの脇の床に寝転がっていた。慌てて起き上がってポケットを調べるとナイフと黒耀石と紙が入っていた。紙には下手な字でこう書いてあった。
「ぼくはたんすのうらがわにいます。まってるよ。 くまたろ!」

「あったー!!」

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