PLUTIA 03

 俺達ハンターには、少なくとも二種類の“敵”がいる。
 一種類目は言うまでもなく化け物達だ。
 地下12階層にも及ぶ地下都市ネオ=シャングリラを統括する企業政府ガバメントは、その第9階層の特定区域から原因不明で発生するクリーチャー達や、欠陥が生じて逃亡し人間に危害を加える恐れのあるレプリカントとメガダインを対象にしてそれら”害獣”イービルビーイングを処理した者に多額の懸賞金バウンティーを支払う制度をとっている。
 そんな背景から懸賞金バウンティー目当てで自然発生的に成立した職業、それが俺達ハンターだった。
 化け物達は俺達にしてみれば敵でもあるが狩る対象のいわば獲物であり、命のやり取りの末に打ち負かすべき達成目標でもあった。
 しかし2種類目の“敵”はどちらかといえば“障害”といえるもので、それは、俺達が実際金を貰い受けている企業政府ガバメント自体に所属する”捜査官”ヴェスティ達だった。
 企業政府ガバメントの統制院、その特別統制局に害獣対策部という部署がある。
 本来企業政府ガバメントの市民の生命と安全を守るために設立された部署だが、その3課に違法武装者を取り締まる通称ハンター規制課があった。そいつらは違法武装者による犯罪の未然の防止を建て前に、俺達が自分の命を守るためにやっている様々な行為を規制する事を仕事にしていた。
 俺達にしてみれば奴らは俺達を狩り出す執念深い狩猟者マンハンターで、ハンターの誰もが、例え俺のように大した改造もやっていないような者でさえ、毛嫌いし、かつ敬遠していた。
 そして今、その憎ったらしい狩猟者マンハンターは、俺の前に肉を放り投げていた。
 腹を空かせた哀れな獣は、狩られる相手に投げられた餌を前に、いったいどうするだろう?

 プルーティア中央区の北のはずれ、とある雑居ビルの地下の薄暗い酒場の奥にある別室で、俺は年代もののコンピューターの端末の前に座っていた。
 1データ100クレジットのバカ高い情報料を払って、情報管理局のデータベースに直接介入をかけ、情報の海を漂うためだ。
 俺の様な私立探偵、特に第9階層に生きる探偵としての生き抜くための最低条件は、依頼主の事を徹底的に調べる事にある。
 やばい依頼もその依頼主がしっかりした奴ならばそれなりの報酬も期待できるし、何より、相手を知る事でこっちが優位に立つという利点は絶対的な価値を持っているといえる。
 俺はその定石通り、ケイト=タカミヤなる依頼者の情報を得ようと、今ここにこうして座っていた。
「害獣対策部3課課長補佐?」
 俺は自分の目を疑った。
 立体画像でもない旧式の画面に50年前には、情報管理局の腹の中にため込んである彼女についてのあらゆる情報が映し出されている。
 いかにもエリートの道を歩んできましたとでも言いたげな経歴、家族構成から交友関係、年収から過去10年までの購入物品、ケイト=タカミヤという一人の女の全てがそこにあった。
 そして、現在就いている職業の欄に、ハンター規制課の課長補佐という肩書きが明滅していた。
 俺達ハンターの天敵、”捜査官”ヴェスティからの依頼ってわけだ。
「冗談じゃねぇ!こんな奴の依頼が受けれるかよ!」
 俺は腹立たち紛れに機械をおもいっきりぶったたいた。
「何をかっかしとる。」
 よく聞いた声に振り向くと、いつのまにか部屋の入り口にログ爺が立っていた。
「ログ爺さん、客のプライバシーは完全に守るんじゃなかったのか?」
 無断で部屋に入ってきた事に触れながら俺は安酒をあおり始めた。
 カウンターの向こうには体中から配線のコードや拡張子の生えている小汚い爺がいる。
 さっきまでやっていた情報の海へのダイブはここから2m離れた世界での話だ。
 50年前に死んだオールドロック歌手の金切り声が響く店の中、俺は久しぶりにログ爺さんと酒を酌み交わしていた。
「ふおっふおっ、お前の口からそんな言葉がのぅ。このログが客の扱う情報を本当に知らないままにいるとでも思っておったのか?」
「あんたが何もかもお見通しってのは知っているが、見てもいない振りぐらいは出来るだろう?」
 この70過ぎの小柄な爺さんが、ネオ=シャングリラの全てを知る裏の世界の天才電脳技師ハッカーだと誰が思うだろう?
 この爺さんは主幹データブロック、つまり企業政府ガバメント中枢の情報にまで介入でき、何等足跡を残さずにそこで遊ぶ事の出来る唯一の電脳技師ハッカーとまで言われている。
「それよりもジル、お前さんはとんでもない事件に首を突っ込みかけとるぞ。」
 それは何気ない口調だった。
「何だって?」
 俺は愛だ、平和だと叫ぶ50年前の亡霊のせいで危うくログ爺のその言葉を聞き損ねるところだった。
「何がとんでもないって?」
 ログ爺はしばらく黙り込み、遠くを見るように虚ろな目をしていたが、ポツリと一言つぶやいた。
「わしだったら、その依頼は受けんぞ。」
「俺の今度の依頼の事かよ。確かにハンター規制課の課長補佐なんてのは気にいらねぇが、俺は体のどこもいじっちゃあいないしな。なんせ懐が寂しくてよ。」
 俺は惨めな気分を紛らすためにわざとしみったらしい声を出した。
 今の俺が”捜査官”ヴェスティの依頼を受ける事に迷うほど経済的にどん底なのは目の前の天才ハッカーには隠しても意味がない。
 ログ爺なら今この瞬間にでも俺の全ての情報を情報管理局の中で見つける事が出来るからだ。
「そう言うなら仕方ないのう。」
 ログ爺はグラスの安酒を一気にあおると、ぼそぼそと小声で呟きながらカウンターのなかで何かを探しだした。
「ほれ、邪魔をした侘びじゃ。」
 こっちを見もしないでログ爺が投げやったのは、特別な電子錠の鍵だった。
「何だこりゃ、爺さん、何のつもりだ?」
 俺が問いかけると爺さんはカウンターの奥の部屋に入りかけながら一つのドアを指して怒鳴った。
「2分だけじゃ。よーく依頼の背後にある事を調べるんじゃな。」
 そう言うと爺さんは荒々しく部屋の扉を締めてしまった。
 後に残されたのは、俺と50年前の亡霊の歌声、そして、電子鍵が一つだった。
 全てを見通す魔法の鏡の置いてある秘密の部屋の鍵が一つ。
 俺は一人でニタつきながら、秘密の部屋へと入っていった。

 指定された喫茶店へと向かうため、俺はプルーティアの中央センターの駅で、第5階層”ジョビニ”行きの階層間連絡チューブに乗り込んだ。
 月曜の昼下がり、と言う事もあってか、車内の他の乗客の影もまばらで、黒い合成樹脂製の防弾・防光弾コートを着込んだ俺もあまり目立たずにすんでいる。
「今度の依頼はやっかいそうだな。」
 俺はぽつりと一人で呟いてため息をついた。
 動きだした昇降車両の鈍いエンジン音を聞きながら、俺はログ爺の魔法の鏡で覗きこんだ政府がらみのどろどろした陰謀の寸劇を思い出していた。
「行方不明者三人、死亡者八人。そこにバカが一人入り込むってわけだ。」
 昨晩、ケイト=タカミヤの情報を探るにつれ、俺は彼女が俺を呼ぶ訳を先に知る事が出来た。
 行方不明者の捜索、という彼女の依頼から、まず彼女のまわりで最近行方不明になった人間を調べてみたのだ。
 ところが、そういった人間は過去十年間親戚から友人に至るまでなく、彼女が最近兄を亡くした事に気付くまで、俺はログ爺からもらった貴重な時間を40秒近く無駄に過ごしていた。
 しかし、その兄の死亡について、彼女が何度となく情報管理局に問い合わせていた事に気付いた後は、芋づる式に答が導き出されていった。

 死亡者 :軍政庁特別公安室第13課所属 ラルフ=タカミヤ少尉
 死亡確認:新暦50年1月5日18:54 他全情報の凍結。

 ラルフ=タカミヤは、企業政府ガバメントに消されていた。
「わしが見たところその男は消されたのじゃな。」
 ログ爺のかすれた声が俺の頭の中で再び警告をしていた。
「凍結情報の登録の内容を見れば簡単にわかる事じゃ。医師の死亡診断や死体の発見者なぞは空欄か明かな偽造じゃ。セントールプロテクトを張っておれば誰も凍結情報を見れんと思っとる若造達の稚拙な仕事じゃよ。わしならもっと上手く隠すがのう。」
「ここ最近この手の死亡者・行方不明者が軍政庁や特別統制局で相次いでおる。今年に入ってからこの男でもう3人目じゃ。」
「この男達に共通するのは害獣問題の解決に熱心だったと言う事だけじゃ。中にはテロ対策室にわざわざ配属替えされてから消えた奴もおる。」
 頭の中のログ爺はしつこく俺に危険を知らせる。
「お前の依頼者は消された男の妹じゃ。あまりしつこくこの男の行方を追えばその依頼者ばかりかお前まで企業政府ガバメントに睨まれるぞい。」
 何度も何度も止めろと言うログ爺はいつになく熱心に俺の身を気遣っていた。
 いつからあんなにお人好しになりやがったんだ?

 ログ爺の警告と幾ばくかの報酬を天秤にかけ、俺は答を得たと思った。
 今まで生きてこれたのは、この天秤が上手く働いていたお陰であり、当座の金に困って企業政府ガバメントを相手にするほど頭が悪い訳でもなかった。
 昨日の夜は銃を片手に思い悩んだが、俺は吹っ切れたように心を決めていた。
「お前の力ではどうにも出来ぬ事もあるわな。」
 ログ爺が語った言葉がまだ頭の中に残っていた。
「何もお前がでしゃばらなくともこの事件は闇から闇と消えていくのじゃ。」
 そう言うログ爺の目には、何か違う光が見えた事を思い出していた。
「わしもお前も陰に生きる人間じゃ。闇に紛れれば自分を見失うぞい。」
 心は決まっていた。
 天秤なんか知った事ではなかった。
 俺は、生まれてはじめて、自分の血が熱い事に気付いていた。

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