PLUTIA 04

 薄暗い路地を先に進んで行くと、右手の奥にお目当てのトランスヴィジョンボックスが見えてきた。
 黄色のTRVトライブ機が割れたガラス越しに目にはいる。
 慎重に周囲を見回しながら、俺は錆び付いたドアに手を掛けた。
 このTRVトライブボックスは、狭いスペースでガラスに囲まれ、身動きが取りにくい上に視界が極端に遮られる。
 地獄の直中にあっては格好の棺桶のようなものだ。
 こんな所に入っているときに化け物に襲われたら一たまりもない。

 これで八度、その棺桶に入る事になる。
 ケイトの兄が最後に残した手がかりを追って、西部地区の65番街の奥まで入り込んだ俺は、ここ4時間近くに渡って TRVトライブを使ってケイトのオフィスへ違法な緊急送話を繰り返していた。
 ケイトのBIMビムのメモリーには彼女の兄の最後の送信の出所を突き止めるほどの情報は入っていなかったが、もう一度同じデータが送られれば、それを区別出来る程度のものは残っていたからだ。
「俺だ!ジルだ!ケイト、聞こえるか?」
 なるべく抑えた声で細工の終わったTRVトライブに向かって話しかける。
 個人ターミナル接続用のジャックに特別な端子を突っ込んでそれなりの処理を施してやると、トレジャーカードを差し込まなくても、つまり金を払う事無くTRVトライブで話が出来る。
 第九階層プルーティアじゃあ子供だって知っている悪戯だ。
「ケイト!このTRVトライブか?違ったらすぐに回線を切るんだ。」
 手に汗がにじみでる。
 そして、永遠の三秒を生き抜いたその時、突然回線が切れ、砂嵐と雑音を吐き出していたTRVトライブがただの黄色の箱になった。
 こいつも違うわけだ。
 俺は素早く後かたづけを済ますと、棺桶の中から無事脱出した。

 65番街。
 普通、正気の人間はここから2キロほど離れた場所で立ち止まり、無謀な賞金稼ぎバウンティハンターでも1キロ手前でそろそろ帰り仕度を始める。
 ここまで来るのは気でも触れた機械人形でくか、自殺志願で英雄症候群ヒロイックシンドロームの青二才か、金に飢えた私立探偵ぐらいなものだ。
 機械人形でくではないにしろ、いま一つ自分が英雄症候群ヒロイックシンドローム慢性的金欠病クロニックアンダーマネードか判断出来ずに俺はその地獄をさまよっていた。
 ここではいつ死神にあってもおかしくない。
 西部区域では西に行けば行くほどとてつもない化け物と出くわす確率が高くなるし、この65番街はあと8ブロック西にいけば37年前特殊機動歩兵隊ファランクスアームズが全滅した死滅地点デッドポイントに行き着く事が出来る場所だ。
 なぜ西に行けば行くほど化け物達が増えるかは誰も説明できないが、いままで65番街よりも先に行って無事に済んだ野郎は数少ない。
死滅地点デッドポイントまで行き着いたとなるとある一人のハンターを除くと皆無だ。
 今俺がその二人目になる気はさらさらないが、その他の名もなく死んで行った奴らの仲間入りする可能性は大いにある。
 特に、この4時間で5匹の”害獣イービルビーイング”を処理デリートし、4回死にそうになったずたぼろの体では、もう一度自分のボロ事務所で熱い安物のコーヒーが飲めるかどうかすら危ういものに感じられた。
 しかし、不思議に後悔はしていなかった。
 疲労は激しいが致命的な怪我は負っておらず、頼みの銃の弾も化け物を6回消し炭に変えてもお釣りがくるぐらいは残っている。
 足りないのは事が終ったあと俺の事務所まで送ってくれるシャンパンつきのエアーリムジンぐらいなものだ。
 それと、・・・時間。時間が全てだった。

 1個目のTRVトライブを通りの向こうに見つけ、俺は急ぎながらも慎重に近づいていった。
 今度のTRVトライブボックスは、今までで最も損傷が激しく、入り口を開けるのも一苦労だった。
 時間的にはほとんどぎりぎりの限界に近かったが、どうしても手ぶらで帰りたくなかった俺は、無理と知りつつもこれを最後にすると自分に言い聞かせながら作業にとりかかる事にした。
 夜は魔物の時間、と昔の連中は言っていた。
 しかし第九階層プルーティアじゃあ夜は”害獣イービルビーイング”の時間だ。
 第二種変異性生物セカンドクリーチャーといった”害獣イービルビーイング”の主流を占める獣の延長上にいる化け物達は、その原種の例に漏れず夜行性である奴が多い。
 当然、昼と夜とでは西部区域の危険度は段違いになってくるわけだ。
 そのことを考えると、今の状況は少しばかりやばい状態にある。
 安全な地域までの時間を計算にいれれば、一時間近く予定の帰る時間よりも遅れていたが、その遅れが俺を焦らせていた。
 冷静に見ればすぐに気付く事だった。
 TRVトライブが壊れていた。
「っきしょう!」
 俺は小声で悪態をつきながらタダ話用のコネクターを引き抜いた。
 あたりは天井光が弱まってきだし、夕暮れの色合いに染まり出した頃だった。
 ふと、通りの先の方に目を向ける。
 そこには別にこれといって目を引くものは無く、両側の灰色のビルだけが重くのしかかってきている。
「んっ?」
 カランという乾いた音に驚き、TRVトライブボックスの床を見ると、手元から落ちたコネクターが薄暗い中鈍く赤い天井光を反射していた。
「ついてねぇぜ。」
 手元が薄暗く、また慌てていたためかそのコネクターを取り落とし、一人でぼやきながら前にかが見込んだその時、少しだけ妙な感覚が俺をおそった。
 前にもこうやってコネクターを拾った事があったはずだった。
 そう、同じように夕暮れ近い時、壊れかけたTRVトライブボックスの中で・・・。
 瞬間、俺の耳の後ろあたりが、かっと熱くなり、俺を愕然とさせた。
 熱い予感だ。
 俺が今まで”害獣イービルビーイング”相手に殺し合いの死闘を演じてきても生きてこれたのは、俺に二つの感覚が働いていたおかげだった。
 ‘熱い予感’と‘冷たい衝動’。
 そして、今、俺をその熱い予感がおそっていた。
 それからの数十秒という時間はゆっくりと流れていった。
 左肩から倒れこみながら、‘黒竜’を右手のガラスの壁に向かって発射した。
 その反動を利用して左側のガラスを背中で打ち破り、その破片と灼熱の熱風とともに外に転がり出、片膝を突きながら起きあがると躊躇なく二発目をその爆風の中に撃ちこんだ。
 いつでも跳躍ができるように腰を浮かせながら煙がおさまるのを待っていると、そこに、奴が立っていた。
 メガダイン。
 表面層はどす黒く炭化し、煙を上げているが、まだ奴の機能が死んでいないのは明らかだった。
 こちらと同じく片膝を突いていたが、ゆっくりと立ち上がり、俺のほうにその赤い視線を合わせてきた。
 冷たい衝動が俺の身体中を駆け抜けた。
 タ・タ・カ・イ・ノ・ト・キ・ダ。
 顔の表面の肉も焼けただれ、機械部分が露出してしまっているメガダインの顔が、ニヤリと笑ったように見えた。
 間違いなく、戦闘用メガダインだった。
 血闘が始まった。

TRV:TRANSMIT VISION PHONESの略
疑似3D画像を送受信できる電話機。
ここでは公衆TRVをさしている。俗称は‘トライブ’という。

第二種変異性生物:核戦争後、地球上に発生した変異性生物。
放射能汚染によりその遺伝子構造に突然変異をきたし、巨大化・凶暴化した獣たちを指す。
すでに原形をとどめないほど変異を繰り返したものが多い。

天光:地下都市ネオ=シャングリラでは日光の代わりに天井から99%太陽光と同じ光を照らしており、それをつけたり消したりする事で昼と夜を作り出している。

メガダイン:人間工学と、精密電子工学・発展遺伝子学とが生みだしたロボット。
特に、平均的人間個体よりも能力が優れているものを指す。
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