PLUTIA 05

 先に、奴が動いた。
 おもむろにTRVBOXの残骸を鷲掴みにすると、軽々と持ち上げ、一寸の無駄な動作もなく俺に向かって放り投げた。
 放り投げたのだ。投げつけた訳じゃあない。そこが重要だった。
 奴が俺にこのTRVBOXを当てるつもりで投げたのならば、放り投げたりせず叩きつけるはずだった。
 明らかに“誘い”の攻撃だ。
 ここで俺がバカなら、驚いてTRVBOXを“黒竜”で打ち落とそうとしたり、左右に派手に転がって起き上がりざまに腰ダメに銃を構えようとしただろう。
 しかし、俺もそう頭が悪いわけじゃあない。そんな事をしたら最後、その動きを予測して近づいてきた奴にぶちのめされるのは目に見えている。
 俺は冷静に構え、奴に動きを読まれる事の無いよう、ぎりぎりまで引きつけてから後ろに飛び退いた。
 目の前でTRVBOXが世界中に響くような音をたてて砕け散った。
 ガラスの破片をあたりにばらまき、硬質アルミの骨も無惨に変形する。
 しかし、飛び散る残骸が地面に落ちるよりも早く、銀色の機械部分を半分近く露出させている機械人形が殴りかかってきた。
 いつの間に近づいたのか、奴は残骸を飛び越え、走り寄るそのままの動作で俺の腰あたりを狙って拳を繰り出してきた。
 速い。
 容赦無い一撃だった。
 見切る、というよりは偶然身体をよじっただけだったが、好運にも奴の必殺の拳は空振りし、勢い余って俺の足元のアスファルトの地面を叩き砕いた。
 俺は背中に冷たいものを感じながらも、素早くポケットに手を突っ込み、薄黄色をした粘土を奴の足元に叩きつけた。
 一瞬閃光が走り、俺も奴も同時に爆風で吹き飛ばされる。
 衝撃で爆発する粘土状の簡易プラスチック爆弾は、奴を俺の反対側に3メートル程吹き飛ばし、貴重な距離と、時間を俺に与えてくれた。
 俺は爆風で吹き飛ばされ、背中を路地のビルの壁でしたたか打ちつけたが、ためらわずに、起き上がりざま奴めがけて“黒竜”をぶっぱなした。
 狙いも何も考えず、攻撃強度を4000まで抑えて立て続けに奴の倒れた場所に8発のエネルギーブレットを打ち込む。
 そして、後ろのビルの割れた窓ガラスを横目で見つけると、奴がどうなったか確認もせずにその中に飛び込んだ。
 ルシフォン・レルーミン社製、プレーキンス=マイオスN型。
 キナ臭い煙の向こう側にいる化け物は、間違いなく最新式の戦闘用メガダインだった。
 戦闘用のメガダインで初めて人間個体とほぼ同等な大きさ、容姿を実現したプレーキンス型の後継機で、運動性能・攻撃強度とも最高水準を誇り、おつむの方も並みの人間の倍以上の演算能力を持つ戦場のエリート、という縁起でもない闇商人の売り文句が俺の頭をよぎった。
 マイオス、マイオス・・・。
 俺は煙が徐々に薄れ始めた路地に全神経を集中させながら、そいつのデッドストップした亡骸が横たわっているのを心の中で切に願った。
 願いは果たされなかった。
 路地にはまだ煙が立ちこめ、無惨に破壊された路面のアスファルトは半ば熔け出していて、爆発とそれに続くエネルギーブレットの高温の火の雨のすさまじさを物語っていたが、その中心にいた魂持たぬ殺戮者の姿はどこにも見あたらなかった。
 しかし、俺は絶望的な闘いの中に、一筋の光明を見いだしていた。
 俺の記憶が確かならば、マイオスⅣ型の関節機構は、発展遺伝子学が生みだしたルビエール人工筋質を使っているはずだった。
 その特殊筋質は人間の平均筋力の1200倍のバカ力を生みだし、凝固化・老化にも抜群の耐性を示す夢の筋質と言われている。
 だが、いくら夢の筋質でも欠点はあった。他の無炭素素材系ノンカーボンベースの合成筋質と違い、ルビエール筋質は炭素含有素材カーボンベースで、人間の筋肉と同じく、熱に弱いのだ。
 路地のアスファルトは、いまだ冷えきれず、コールタールの熔ける嫌な臭いを発している。
 今度は、俺から動く事にした。

 俺は壊れかけ、今にも崩れてきそうなおんぼろビルの中を、あらゆるガラスを割り、あらゆるがらくたを倒しながら奥へ奥へと進んで行った。
 奴が俺に襲いかかるには早すぎると思っている事は確かなようで、俺がそこら中を散らかしてビルのほぼ中央の突き当たりの廊下に立つまで、奴の姿どころか、影すらも見かける事が無かった。
 そこで、俺は獲物を待つ狩場をそこに決めると、周囲にいくつか細工をしてから、壁を背にして奴を待つ事にした。
 俺は黒こげになった銀色の素体を露出させ、なおも獲物を狩ろうとする機械人形でくの姿を想像してみた。

 奴は身体中の関節をほぼ致命的なまで痛め、その重い身体をひきずってこのビルのどこかに潜んでいるはずだった。
 そんな身体では、例えいくら奴らが隠密行動を得意としていても、何らかの音を立てずにはこの散々に散らかしておいた廊下を進む事は出来ぬはずだと俺は踏んでいた。
 また、俺の目の前の廊下はゆうに五メーター近くはあった。
 長い廊下だが都合のいい事に横幅は狭く、奴がその先に姿を見せれば、ゲージを最高にまであげた“黒竜”で確実に奴を黒こげに出来る。
 不意を打たれる心配もなく、素人でも出来る射撃で奴に止めが刺せる。
 今この状況では、俺が取り得る最高の作戦だった。

 遠くでかすかに、ガラスを踏む音がした。
 奴は右手の廊下から近づいてきているようだった。しかし、まだ距離はある。
 俺は徐々に近づいてくる奴の気配を感じながら、二年前の闘いを思い起こしていた。

「基本的に、対メガダイン掃討作戦はツーオンスリーだ」
 カリオン軍曹は俺の鼻を人差し指で刺しながら、少し怒った口調で先を続けた。
「どれだけ腕がいい奴がいたって、2オン3のユニットがバラバラなら、それこそ烏合の集だ」
「傭兵に兵法を説いても無意味だな。」
 部屋の隅に立つきざなデルカートは、明らかに侮蔑の感情を俺に示している。
「兵法なら傭兵にもあるぜ。」
 俺は少し挑発的に顔を傾けながら、デルカートの方に向き直った。
「聞かせてもらおうか、その兵法とやらを」
 デルカートはこちらを見ようともしていない。
「自分の力で生き残る事、それが全てさ。一人だったら死に物狂い、二人だったら協力しあい、三人だったら二人で一人の肩を担げ。だが四人を越せば誰かが邪魔になる」
 デルカートはさも面白そうに笑い声を上かけたが、それはお可笑くて笑っているのではなく、俺を小馬鹿にしたせせら笑いだった。
「そう笑うものではない。ジルの言葉にも真実は隠されているぞ」
 椅子にあぐらをかいて座っている気難し屋のタキザワがぽつりと意見を述べる。
「デルカート殿がその四人目とも限らぬのだからな」
 デルカートはいつもは物静かなタキザワのその言葉を、冗談と取っていいのか侮辱と取っていいのか判断出来ずに顔だけ真っ赤にして次の句を失っていた。
「それで・・・五人目はどうなるのだ?」
 音も立てずにドアを開け、立派な軍服姿の若い将校が部屋にはいってきた。
 にこやかにそう俺に問いかけながら、そいつは俺の次の言葉を促した。
「ここでは、私が五人目だが、私はどうかね」
「五人目は・・・五人いれば、必ず誰かが裏切る・・・」
 俺は声を落としながらそう答えた。若い将校は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、軽く手をあげてこの会話を終わらせる事を俺達に示し、軍曹の前の立派な机の椅子に腰をかけた。

「五人いれば、必ず誰かが裏切る」
 俺はぼそりと呟いた。二年前、三体のメガダインを処理するのに、企業政府ガバメントに雇われた時の話だ。
 その時、最後のメガダインを処理デリートしようとしているとき、そいつは裏切った。
 将校の突然の裏切りで、デルカートはメガダインに頭を潰され、軍曹は右手を失い、俺はタキザワと二人で軍曹を抱えて西部地区を逃げ回る羽目に陥った。
 それから俺は、団体行動を嫌い、どんな化け物相手にでも一人で向かっていった。死に物狂いってやつだ。
 そして、今も、その死に物狂いの立場に立っていた。

 昔を思い起こす間、知らぬ間に、ガラスを踏み物をどける音は次第にこちらに近づいてきていた。
 そして長い長い一分間が過ぎると、廊下の角に、人影が写り、ついに、奴が姿を現した。
「やあ、ジルファス君。奇遇だな」
 なぜか、五人目の男が、廊下の角に立っていた。
「アインバルト中佐?」
 俺はあまりに意表を突かれ、二年前に俺を・・・俺達を裏切った男の手に銃があるのに気付くのが数秒遅れてしまった。
 アインバルトは本当に優しげに微笑むと、一言、俺に言葉をかけた。
「死にたまえ」

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