PLUTIA 07
第2部 ソーリスの息吹
目を開くと、真っ白な光が俺の目を灼いた。
まず、気付いたことは、長椅子のようなものに横たわっていること、体中が痛みに悲鳴をあげていること、そして、両手両足の自由がきかないことだった。
とりあえずは生きているようだった。ただ、動けないという点では死体と同様の状態にあることには間違いない。
「こいつ、気付いたようですぜ」
聞きなれない男の声が耳に入る。
「まだ意識ははっきりしていないはずだろう。話が出来る状態なのか」
「さあ、どうですかのう。まだ麻酔は切れる時間じゃないんじゃが、まあ、あきれるほどタフな男じゃわい、今の会話ももう聞こえておるのかもしれませんぞ」
強烈な逆光の中、少なくとも3人の男が 俺の周りで会話をしていた。声の調子からいくと、一人は英国系出身の60近い老人、もう一人が体のごついスラムあがりの黒人の若い男、そしてその二人よりも身分が上のような話し方をする完全な標準語を話す30〜40代の軍人出の男、の3人らしかった。 目を灼く光は、自分の鼻先すら見えないほど強烈なもので、目蓋を閉じても容赦なく視界を真っ白にしている。そばで話しているはずの男達の輪郭すら見ることは出来なかった。
「君、聞こえているのかね」
軍人風のきびきびとした発音をする男が話し掛けてきた。
俺は、眩しい光に目を細めながら、その男の声のする方を見ようとした。しかしいくら目を細めても失明しそうな程の光が俺の四方から容赦なく照り付け、結局、目を閉じたまま答えることにした。
「誰だ、いったい」
自分で聞いても耳障りなほどかすれた声を喉から絞り出す。
「おや、聞こえているようじゃな」
「何と言っている?」
「てめえが誰かって聞いてるんだよ」
俺は口を開くたびに体中のそこかしこに激痛が走るのを耐えながら、精一杯の強がりを含めて怒鳴りかえした。
「驚かされるな、8時間前に死にかけていた男とは思えんな」
男の口調は落ち着いたもので、冷静に感想だけを述べているといった感じだった。しかしどこかにこちらを蔑んでいる響きがある。
「光をどうにかしてくれないか?これではこの男の表情が読みとれん」
男がそう言うと、周りの二人が不服そうな声をあげた。
「あまり顔を知られない方がいいですぜ。後々面倒だ」
「そうじゃな、目隠しをすればいいがこの男が目を機械的にいじっておったら何の足しにもならん。この光でわしらを見分けられるような義眼はないはずじゃからこっちの方が安全ですぞ」
二人はさらに色々と理由をつけて光を消すことをしぶったが、男が静かに命令を繰り返すとしぶしぶといった感じの声をあげて何かのスイッチを幾つか切っていった。いままで耳にかすかに聞こえていたブーンといった機械音が急に止むと、突然視界から光が失せ、真っ白な残像だけが俺の目の中に残った。
いまだ視界がはっきりしない中、男達のこちらには聞き取れない小声の会話が耳に入ると、複数の人間が歩み去る足音と、ドアの閉まる音が続いて聞こえ、すぐに沈黙が訪れた。
長い沈黙の後、光の残像がおさまってくると、俺の目の前に一人の男が静かにたたずんでいた。
「気分はどうかな」
予想していたとおり、筋肉の引き締まった体にびっちりと何かの制服のようなものを着込んだ、軍人風の40代前半の男だった。髪は暗い茶色、短く刈り込みきれいにたたせている。
日に焼けた肌をした顔には、意志の強さと思慮深さを表すような深いしわが見え、その髪と同じ色の瞳は何の感情も示さないまま俺をしっかりと見据えていた。
「天国にしては最低、地獄にしてはまあまあ、といった感じだな」
俺はそう言いながら自分のなりを確かめるため視線を自分の体に落とした。驚いたことに、体中の怪我には応急処置をしたらしき跡が見受けられ、致命傷と思った右胸には治療用パッドが張り付けられている。
治療用
パッドは左腕にも張られており、その先には・・・俺をこの長椅子に縛り付けている鉄線入りの革のベルトがあった。少々なら動かせるかもしれないが、何の機械的補助もしていない俺にしてみれば、外そうというだけ時間の無駄といった具合の拘束具だった。助けられたのか?捕まったのか?それとも・・・?
俺は目の前の男をぼんやりと見る振りをしながら、死にかけていた頭脳を総動員させ、今の状況を分析することにした。
俺は瀕死の重傷を負い、半分瓦礫と化したビルの廊下の突き当たりで、自分の血にまみれて倒れていたはずだった。それも第9階層西部地域、魔の66番街の廃墟ビルでだ。ハンター達でさえ極力行くのを避ける、魔の地域。そこから俺を(出血大量で俺が逝っちまう前に)助けだし、応急処置までした挙げ句、長椅子に縛り付けて見守っていた男達がいる。
ケイトが騎兵隊を呼んで危機一髪で助かった?そして騎兵隊は助けた男の怪我を治し、ベットに縛り付ける。
馬鹿げた話だ。
どう考えても、こいつらが突然あのビルに顔を出し、俺を殺そうとやっきになったアインバルトと無関係とは思えなかった。
そもそもなぜあの場所にアインバルトが現れたのか?あいつは俺があの場所にいることを承知でやってきた。メガダインと死闘を演じ、その機械人形を罠にかけようとビルに入った俺を、奴が偶然見かけて昔果たせなかった復讐をしようとしたのか?そしてたまたまあの爆発音を聞きつけ、おせっかいだが臆病な奴等が俺を助けた上に椅子に縛り付けているのか?・・・あり得ない。メガダインとアインバルト、そして目の前の男、もしかするとラルフ=タカミヤ の失踪。すべてが見えない糸で繋がっているような気がした。
「元気そうで何よりだ。私達にとっても君に死なれたら少しばかり具合が悪いからな。君には無事でいてもらいたい」
男はそう言うとゆっくりと俺の周りを回りはじめた。
「その拘束具については気分を害さないでもらいたい。いくら瀕死の身とはいえ、君の勇猛果敢な戦いぶりを見た後ではこうまでしないと落ち着いて応急処置も出来なかったのでね」
品定めをするかの様に俺の爪先から頭の上まで視線を走らせると、男は元の位置に戻り、こちらの反応を伺うように俺の目を見据えた。
この男は最も敵にしてはならない人種に属する、と俺の本能が告げていた。
徹底した観察眼、冷徹な思考、迅速な行動力。優秀な指揮官、成功する経営者、そして最も危険な犯罪者が兼ね備えるべき能力をこの男はすべて備えており、またそのことを自分自身でよく知っているといった雰囲気が、この男にはあった。
「なぜ助けたんだ?」
明らかに助けた訳ではなかった。この男の言葉の端々に、それを示す意味合いのものが隠されている。俺に死なれると都合が悪い、勇猛果敢な戦いぶりを見た・・・。
注意しないと聞き流してしまうぐらいの軽い調子で、重大な意味を暗に匂わせている。この男はたまたま戦いの場に居合わせただの、死にかけていた君を偶然見つけただのといった事は言わなかった。
あくまで事情を知っているもののそれを隠している口ぶりだった。しかし、その口調が無意識ででたものか、俺の力量を試すためにわざとやったものかが判断がつかなかった。
そこが重要だった。
俺がいぶかしげに発した質問に、男は面白そうな表情を浮かべて答えた。
「君は今、なぜ助けた、と聞いたな。なぜこんな所に縛り付けている、と言った方がこの場合自然ではないのか?そして、どうして私の正体を知ろうとしないのかね。私が誰で、何故君を拘束しているのかについては質問せず、死にかけた者を見つけた人間が普通なら当然行う。助ける、といった行動に疑問をもった訳だ」
男は半分満足そうに、そしてもう半分で俺に対する警戒心を高めながら、黙っている俺を尻目に話を続けた。
「一番最初に君が口を開いたとき、君は私が何者かと質問した。しかし次にした質問はなぜ助けたかだ。その間私は自分の事に関しては君に何も情報を与えていないつもりだが・・・。君は、推測した訳だ。私が何者で、どうして哀れな君を拘束用の長椅子に縛り付けているか。また、私が果たして敵か味方か。その推測の結果を教えていただけば非常に嬉しいのだが?」
俺はその丁寧な物言いに怒りをかき立てられたが、ふん、と鼻をならして平静さを保ち、目の前の強敵に対抗するべく全神経を会話と、相手の観察に向けることにした。
さっきの不用意に発した一言の質問で、目の前の男は俺に対する評価を完全に変え始めている。はじめ、俺がお前は誰だと怒鳴りつけた時は、俺が訳も分からず脅え、強がっている小物のようにも思えたかもしれなかった。しかし、一言の質問で、勘の鈍い、推察力の足りない小物といった扱いから、他人の言葉を注意深く聞き、その言葉の裏にある真意を推測できる、若しくは推測する可能性を持つ程度の知恵をもつ者として俺を意識させてしまった。
俺は、この男は、敵が強ければ強いほどやる気を起こすタイプだと踏んだ。また、その冷静な態度から、あまり賢い振りをすると、奴の警戒心が俺を生かしておくことを放っておかないという事も容易に推測できた。
「俺があんたに敵か味方かって聞いたら、何て答える?決まってるじゃねぇか、あんたはすましてこう言うぜ、「敵ではないが味方でもない、それは君の態度ひとつだ」。はじめっから敵だったら俺を助ける必要はないし、味方が少なくとも無関係なら拘束したりはしないはずだぜ、どうだい?」
俺は敢えて事実だけに基づいて答えを返した。
軍隊がぶれの冷徹な男の目を見ながら、わざと少しばかり得意そうに、そして少しばかり不安そうな表情を浮かべてみせる。 奴は、俺が想像したとおりの反応を見せた。俺の言葉に対する分析のための、ほんの少しの沈黙、観察のための凝視。そして、そこに自分が想像し半ば期待した聡明で忍耐強く手強い敵ではなく、少しばかり頭の働くものの、それを得意げに話しながらも不安を隠せない、小心者で自負心の強い若造の姿を見て取ると、表情にこそかけらも出さぬものの、半ば失望し、半ば安心した複雑な心情をその無表情な目に一瞬垣間見せた。
そう、事実だけからの推測は簡単に出来る。俺があくまで男の言葉の裏の意味に気付いて男を敵とみなしたわけではなく、状況だけを見つめてそういう結論を出したと思わせるのが俺の狙いだった。
「なるほどな、それが君の答えか。それでは私はその通りの表現を使わせてもらおう。私達は君の敵ではないが味方でもない。それは君の態度次第だ」
ほんの少しの軽蔑、ほんの少しの優越、そしてほんの少しの警戒。男の目にそんな輝きが宿る。
「どういう態度だ?」
俺は奴に考える隙を与えぬよう、間を置かずに質問した。自分の弱さを見せぬようにほんの少し強がり、そして強がっている事を悟られぬよう少し卑屈な響きをその口調に出そうとしている、そんな印象を与えるために俺はほんの少しあごをあげ、物分かりげな表情をしてみせる。
「そうだな、例えば・・・」
男は俺の顔から視線をそらさず、あごに手を添えじっと考え込む仕草をしてみせた。
こういった駆け引きで敵より優位に立とうという時、相手を観察しその表情や考えを読むことは絶対の条件だった。 そして、目の前の男もそのことについては熟知しており、熟練しているとも言えた。相手の目の動き、ちょっとした仕草、言葉の微妙な響き。男はその全てを見逃すまいと俺を観察し、経験上培われた推理力をフルに使って会話を進めようとしている。
しかし、俺は、それと同時に、相手が見る自分自身についても、同様の、いやそれ以上の神経を使っていた。自分がもしこう思ったら、当然無意識の内にするであろう 仕草、表情、口調、喋りかた。相手がどのような推理をし、どのような反応を期待しているのか、俺が奴に与える印象が、奴の行動にどのように影響していくのか。俺はこういった状況においては、常に自分自身の中に、演技をしている自分と真に思考を巡らしている自分との二人の自分を置くよう心掛け、今まで地獄の中を生き抜いてきた。
「先ずは、アインバルトについてだ」
俺はアインバルトの名を耳にし、やはりこいつらはアインバルトの仲間か、と思った。いや、アインバルトは仮にも軍政庁陸軍特務中隊に所属していたれっきとした中佐といった称号をもつ将校だった。それを呼び捨てにするのならこの男の方が身分的には上なのだろう。
俺はそういった推測を立てながら、表面上はその名に驚き、続いて怒りを爆発させる演技を続けた。
「アインバルトがどうしたんだ!何か関係があるっていうんだ?」
「いや、君を助けたときそばに彼の死体が転がっていた。彼が君とはどういう関係だったのかと思ってね」
アインバルトが死んだ、という事実は、本当のおれにとっても軽い衝撃を与える事柄だった。確かに奴は俺よりも深手を負っていた。俺が負わせたわけだが・・・。俺は心のどこかで奴はまだ生きていると思っていた。目の前の男の後ろ、ドアの向こうのどこかで、奴が狂った怒りをたぎらせつつもこの会話を聞いているものだと半ば想像し、半ば信じていた自分があったことは確かだった。
しかし、この男は俺にどんな答えを求めているのだろう?卑屈で少々頭が回り、拘束されて脅えている私立探偵は、ここで何と答えるのだろう?アインバルトが奴の仲間と推測し、当たり障りのない事実を述べるか、よもやアインバルトが仲間だとは思わず、適当な嘘を付くか・・・。
「奴は、死んだのか?」
驚愕と当惑を、半ば演技で、半ば本心で表し、相手の様子を探ることにした。男は、いまだ俺を疑っており、慎重に言葉を選んでその問いに答えた。
「そう、彼は死んでいた。惨い死に方だったよ。左腕はもがれ、顔の右半分は半ば焼けただれ、右目も失明している様子だった」
男は、それ以上は話さず、俺の反応を確かめていた。しかし、俺は“失明”という言葉で、アインバルトがまだ生きている・・・少なくとも、生き延びている事に確信を抱いた。死体に向かって、その死体が。失明しているなどという表現を使う事はめったにない。特に、目の前の男のように、しっかり言葉を選ぶ類の人間は、そんな表現は絶対にしない。
「ハハハ、ざまあ見ろッテんだ、アインバルトの野郎!ついにあいつも死んじまったか!あいつは昔俺を騙して俺を殺そうとした奴なんだ。俺を殺せなかったもんで軍隊にも戻れずそれを逆恨みして今度も俺を襲ってきたんだが・・・。ハ、ハ」
俺はわざと喜んでみせた。それも最後は尻すぼみになるように、力なく笑ってみせる。そう、喜んではみたがアインバルトがこの男の仲間かどうか分からぬ事に気付いて不安になったかのように。
男は急に表情を険しいものにすると、意図的に低い声で言葉を発した。
「彼は、私の親友だったのだ」
絶対にそうでは無いはずだ。
男の目は相変わらず無表情だったが、顔には怒りの表情を浮かべていた。俺は、その脅しに対する哀れな小心者の答えを探しながら、あることに気付いて、愕然となった。
この男も、“演技”をしている!
無表情を装い、自分の感情を表さないようにするだけならば、今、この時に、怒りの表情を表に出したりはしない。 それも目はあくまで冷静に俺を観察しながら!俺は、これまでになく手強い相手に、知識と経験・演技力、顔の筋一つ一つまでもコントロールする意志力、全てを総動員する必要がある事に気付いた。
「いや、これは、失礼した。 知らなかったんだ。・・・いや、別に俺が殺した訳じゃあない、奴が、そう、メガダインに襲われていたんだ。俺はさっきも言ったとおりアインバルトを嫌っていた。いや、正直いえば憎んでいたのさ。しかしいくら憎いからって人殺しなんかしないぜ。信じてくれよ」
俺は必死で弁解を試みる振りをした。少しばかりの真実も含め、もっともらしい嘘をついた振りをする。
俺と、軍人かぶれの男は、互いに演技しあい、相手の真意を探ろうとしていた。男は、俺の目を見つめ、じっと考え込んでいた。俺は、更に、脅えている演技を続け、怒りを我慢しようと努力している振りをしながら俺を観察している男を観察しかえしていた。
沈黙が流れた。
突如、男の表情に変化が訪れた。怒りを我慢している演技者としての男が消えうせ、深遠な思考に基づき、俺を観察している真の姿が表面に表われてきた。今は、目と顔の表情が同じ兆候を見せ、信じがたいものを見るといったものから、恐ろしいほどの警戒心、またそれと同時に急に笑いだすのではないかといった程の満足感を示していた。
実際、男は口元に笑みをこぼした。
「ローディス君、私は、危うく君という男を見誤るところだったよ」
俺は、その一言と、男の表情から、騙しとおすことに失敗したことに気付き、演技を中断して、男の顔を見返した。
「見給え、彼の素晴らしい本質を!卑屈で小心者の私立探偵を演じながら、私の本心を読み、この絶望的な状況からの脱出を画策し、そしてその成功を信じて疑わない信念と知恵、精神力!」
男は、歌うように声高らかにそう声をあげた。端から聞いても顔が赤くなるような誉め方だ。
男は背中で手を組みながら、再び俺の爪先から頭の上までを見回していた。
「君は、私と同じ部類の人間だ、違うかね?確かにアインバルトも言っていた。君は人の心を読み、それを操る事に長けた薄汚いペテン師だとね!」
「奴の口から出た言葉なら最高の誉め言葉に聞こえるぜ。それで今は何といってるんだ?」
俺がそう聞き返すと男は嬉しそうにうなずいた。
「私に君を八つ裂きにさせて欲しいと頼み込んでいたよ。君の事になるとなぜか彼は普通ではなくなる。いつもは私の右腕ともいえるほどの実力を発揮してくれるのに・・・」
そこまで言い及んで男は言葉を切り、一瞬ほうけた様に口を半開きにすると、とても愉快そうに笑い声をあげた。
「なるほど、なるほど、アインバルトが死んだと私が言っても、死んでないことに気付いた訳だ。ちなみにどこら辺でそう思ったのだ?」
「“失明している”死人はいない。それだけだ」
男は心から愉快そうな表情を見せていた。
「君ほどの人間とは、そう度々出会えるものではない。私としては、君と、こういう形でしか会えなかったことが、非常に残念でならない」
しばしの気持ちの高ぶりの後、男に、冷静さ・・・冷徹さが戻りつつあった。男は、すでに“演技”する必要がないと思っているらしい。
それは俺にとっても同様だった。いまさら、どんな小細工もきかない。手持ちのカードをみせながら、ポーカーをやるようなものだ。
あとは運まかせ、天まかせ。
男の顔が、初めて見たときの冷徹さを完全に取り戻していた。
「それでは、本題に入ろう」