PLUTIA 08

 「まず、君にはこれから一切質問を許さない」
 “軍服”はそう言うと、俺の顔をしっかりと見据えながら薄く微笑んだ。
「君は、今自分がどのような立場にあるのか分かっているはずだ」
 当然の事だとでも言うように同意を求めるような仕草を見せる。
「賢い君ならば、な」
「あんたには俺を買いかぶりすぎてるんじゃあないか、なんて疑問は浮かばないのか?」
 俺が卑屈にそう言うと、男は静かにうなずいた。
「そういう可能性もある。しかし、・・・」
 そこまで言い及んで一呼吸置くと、男は不意に苦笑を浮かべた。
「質問を許さないと言ったそばから これだ。君は今のその一言で、私の考えの中に一つの。不安といった小石を投げかける訳だ。もしかすると考え過ぎなのか、相手の力を過大評価することでつまらぬ心配をしているのでは?うんぬん。・・・確かなのは君が話術に長けているという事だ。雄弁なのではなく、微妙で、些細な一言で、相手の考えを自分の望む方向に向ける才能を持ち合わせている。これからは私が許さぬ限り口を開かないでもらおう。今から私は言いたいことを君に言う。そして君は私 が望む時に答え給え。それで充分だ」
 軍服は明らかに警戒していた。なぜ俺を生かしているのかは未だに分からなかったが、殺される理由も考え付かない事を思えば、大した問題でもなさそうだった。問題は一つ、軍服は、俺という存在に危機感を覚えている、その一点だった。
 天井からの光が、薄く、“軍服”の姿を照らしだしている。その茶色の目は、長椅子に縛り付けられた俺の姿を映しながら、限りなく冷たい光を放っていた。
「分かったぜ。なんなりとしゃべりまくってくれ。俺は耳を塞ごうにも両の手の自由がきかない」
 暫くの沈黙の後、そう言って俺はおどけるように手首から先だけをばたつかせて見せた。
 しかし、軍服は既に、そんな俺の仕草には何等関心を示しておらず、低い脅しの効いた声で先を続けた。
「まず、君がこれから選ぶことの出来る。道をお教えしよう。一つ目は、何も聞かずに、我々の仲間、若しくは協力者になる、という道だ」
 “軍服”は探るような目つきで俺を見据えた。
「それはないな」
 俺が半分笑いながら軽くそう言うと、男も口の端にほんの少しだけ笑みをかみ殺して、ゆっくりとうなずいた。
「君ならばそう言うはずだと思った。 理由は聞かないでおこう」
 理由は簡単だ。
 気に食わない、それだけだった。
 とち狂ったアインバルトも、すました軍服野郎も、赤目の機械人形でくも、両手に食い込む鉄線入りの革のベルトも、何もかもが、だ。
 この“軍服”とアインバルト、機械人形でく、その他諸々の狂信者達が56番街に籠って何をしていようと俺の知った事じゃない。しかし、食いっぷちを賭けて地獄をさ迷う私立探偵を寄ってたかっていたぶっていいという法はない。俺が何をした?ラルフ=タカミヤの足跡を追って何が悪い?そう、ただの失踪人の探索じゃあないか?それとも、ここには、近寄るものを殺そうとしてまでも、秘密にしておくべき何かがあるっていうのか?
 ラルフ=タカミヤも、5番街で消えた。
 これが偶然の一致ならば、俺は今頃エアーリムジンの中だ。
 目を落とせば、体中の包帯と鉄線入りの革のベルト。絶望的だ。
「もう一つは、この件についての記憶を、きれいさっぱり捨て去る事だ」
 “軍服”は俺の考えを読んだかのように、残忍な笑みを目の内に隠しながら先を続けた。
「君は、この時勢には珍しく何の電脳化の処置も行っていない。もし君が外部接続型の記憶媒体メモリーだけでも組み込んでいる常識的な人間だったならば、こんな手荒な事はせず、記憶の強制消去デリートだけで事は済んだかもしれないのだがね」
 簡単に言うが、外部接続型記憶媒体メモリー強制消去デリートは、“洗脳ゴーストハック”に近い強引な情報操作の手法のはずだ。有機的に結合するバイオ素子群の中から、特定の情報について検索することは出来ても、それを選択的に消す事は至難の技だ。接続記憶への依存度にもよるが、ほとんどの人間はそんな強制消去デリートをされたら、原記憶の領域すらも侵され痴呆化ホワイトアウトしてしまう。そのどこが手荒じゃないのかは個人の倫理的な判断かもしれないが、少なくとも電脳倫理委員会CMCの老中連中が聞けば、卒倒しそうな発言だった。
 いや、その痴呆化ホワイトアウトよりもひどい事を考えているのなら、話は別だろう。
「今の君にこの条件を強いるのは酷な事だ。そうなれば我々も少々原始的な手段に頼らざるをえない」
 つまりは“薬”だ。そんな方法ならいくらでもある。幻覚剤の大量摂取や精神系ガスの選択的使用、血中ウイルスの投与、などなど。古典アナクロ過ぎて話にもならないが、残りの人生を廃人としてめでたく生きていくのにこれほど安易な道はない。
 “軍服”は不愉快な事でも紛らすかのように、小首を傾げて肩をすくめて見せたが、あくまで平静に、日常の会話をする様な感じで話を続けた。
「もう一つの選択は、薄々気付いているかもしれないが、君をアインバルト中佐の望む通りの処置に付する事で生じる事象だ」
 俺はアインバルトにとことん嫌われたらしい。俺を殺そうとしたアインバルトが、やり返した俺を憎むのは逆恨みもいいところだが、奴の右腕と自慢の顔の半分を吹き飛ばした今なら、不愉快ながら納得しなければならない。自己陶酔癖の奴の事だ、俺を1インチ刻みにスライスしても、まだ気は晴れぬ状態だろう。いい気味だ。
「結局、“従属マインドアウト”か“痴呆化ホワイトアウト”か“ゴーストアウト”か、ってことか。何の面白みもないな」
 俺が吐き捨てる様にそう言うと、“軍服”は 静かにうなずいた。
「君は驚くほど冷静だな。しかし、その君の態度こそが選択の幅を広げているのだ。はじめ君を見た時は、“ゴーストアウト”すら値せぬ小物の様に見えた。あのままだったら私は躊躇なく君を殺していただろう」
 男は恐ろしい事を眉一つ動かさずにさらりと言ってのけた。この男にとっては当然の事なのだろう。
「しかし、君を殺す事は、あまり我々に利益をもたらさない・・・逆に、君が死んでは我々の益にならないという事情から、仕方なく君と話し合いをしようと思った訳だ」
「はっきり言ったらどうだ?バラすのはやばいしバラされるのはもっとやばいってな」
 俺がそうはき捨てるように言うと、“軍服”は急に黙り込み、ギラギラとした視線で俺を睨みつけながら懐に手を入れた。
「あまり思い上がらないで欲しい。君の命など我々はさほど気にしていない。ただ、最近あまり。殺しすぎたから自重しよう、というだけなのだ」
 そう言って、男は懐から細いメスのようなものを取り出した。よくみれば、医療用でよく使われる、使い捨てタイプの簡易レーザーメスらしい。
「つ、ついにバラす決心がついたのか?出来れば手早く頼むぜ」
「やっと本音らしい事を言ってくれたな」
 男は満足そうに鼻を鳴らした。
「さすがの君でも死ぬことについてはクールに対処することが難しいらしいな」
 “軍服”が軽くメスの柄の部分を押さえると、ブンという軽い音と共にレーザーが空気を焼くオゾンのいやなにおいが俺の鼻をついた。
「君のような職業の人間は突然の痛み、突然の死、というものには何等恐怖を感じないはずだ。しかし、痛みを、死を、目の前に突き付けられて冷静でいられる人間はそういない」
 メス自体は刃渡り2〜3cmの何の変哲もない刃物にすぎない。レーザーで刃の部分を補強していても大した切断力があるわけでもない。だが、生身の人間ぐらいだったら、輪切りにでも出来る。輪切りだけは御免被りたい。
「私は仕事柄、様々な技術を持ち合わせている」
 男はじっとメスの赤い刃を見ながら話を続けた。
「私がその気になれば、5分後には君の口から頼むから殺してくれという台詞を引き出せるだろう」
 拷問が仕事とはいやな商売だ。
「しかし、」わざと間を置いて男は続けた、「君を拷問にかける気は、今の所ない。君が何をどのくらい知っているかは分かっているし、その知識は我々にとっては大した脅威ではないのだ」
「俺が何を知っているのかが分かってる?“超能力者エスパー”でも飼ってるのか?」
 “軍服”は薄く笑いながら俺の言葉を無視した。
「ただ、気になるのは、君を放っておけばこれからも我々の周りをうるさく嗅ぎまわるであろう、ということだ」
「俺の仕事はゴミだめの中に鼻を突っ込んで嗅ぎまわることだからな。あんたらがゴミだめに何か隠してりゃ偶然嗅ぎあてるかもな」
「そう、まさにその点だ」
 男はレーザーメスのスイッチを切り、それを持ったまま後ろ手に手を組むと、ゆっくりと俺を見下ろした。
「安っぽい脅し文句は抜きにしよう我々のことは忘れたまえ。アインバルトの事も、私の事も。そしてタカミヤ兄妹のことも。そうすれば、君の命の灯火も不意に吹き消される危険も無いだろう」
 “軍服”はそう言って間を置き、俺の反応を伺った。俺としては、目を灼く光の中で体中を縛り上げられて目がさめた時点よりは、はるかに事態が好転しており、ほっとした心境だった。“軍服”野郎達が俺よりも先に誰を殺ったかまでは知らないが、殺しすぎていて幸運だったというしかないだろう。ラルフ=タカミヤ?ケイトにはすまないが“殺し”すぎた一人かもしれない。
「君の依頼人には依頼は失敗したとでも告げるのだな。実際失敗したのだ、なんの後ろめたさもなかろう。それと君ほどの才能の持ち主だ、他に生きる道もあるはずだ。出来れば2度とここ西部区域に迷いこまずに済むような仕事に就くのだな」
 男は親切そうにそう言うと最後に腕を一振りし、レーザーメスのスイッチを入れた。
「次に君に会う時はためらいなく殺してあげよう」
 “軍服”は右手にレーザーメスを持ち、ゆっくりと近づいてきた。
「気が変わって、バラすってわけか?」
 “軍服”の真剣な表情に、異様な殺気を感じた俺は、かすれそうな声を必死に押さえて、“軍服”を睨みかえした。
「いや、君には無事この西部区域から帰ってもらうつもりだよ。ただ、左腕だけは、申し訳ないが置いていってもらおう」
「左腕?」
 軍服はゆっくりと右手を動かすとレーザーの残像を残すメスを俺の左腕の付け根の所まで持ってきた。
「君には非常にすまないが、私も我が儘な部下を持ってね。右眼もと言われたのだが、今日のところはアインバルトにも腕だけで我慢してもらおう」
 何のためらいもなく、また何の前触れもなく、軍服は突然メスを俺の左腕に押し付けた。
 その日、俺は左腕を失った。

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