RISK - The Real Legend - 03
もう相当高くなった日が窓からさし、若き魔法使いの横顔を照らしている。
グレニーはセルミナ=ジェストという本当の名をふせ、彼が最初に名乗った偽名であるギャリオット=サーバスという名で、自分の傭兵としての最後の冒険を供にした男と、そしてその男と供に体験した不思議な旅の話をし終わった所だった。
目の前の若い魔法使い・・・フェラルドはグレニーが話をするときもほとんど口をはさまず、終わってからも口をつぐんでいた。
じっと考えこむような表情をして黙っている様子からして、今の話をよく分析しているのだろう。
窓の外では鳥達がさえずり、窓からの光が部屋の窓際の机の上のランタンに反射してまぶしい。
「それで・・・その青水晶をのぞきこんだ時の未来の像が思い出せなくて困っているんだね。」
フェラルドは突然、椅子から立ち上がり、本棚へと歩み寄りながら聞いてきた。
「そうさ。だからそれをフェールに聞こうと思ってわざわざアドニスから旅してきたんだ。昔のよしみだ・・・頼む。どうにかしてくれ。何かとてつもなく大事な物を見た気がするってのに頭の中からは何も出てこねェ・・・。」
フェラルドは本棚の1番上の棚にある古めいた本の1つを取り出し、その羊皮紙が破れぬように慎重にめくりながら、しばらく何かをさがしていた。
そして目当てのものを見つけるとその本をゆっくりとテーブルの所まで持ってきて、古代語か何かで書かれた文章の一説を指差した。
「ここにその『双頭の智竜の像』についての記述が載ってるみたいだね。えっと・・・『ソノ秘メシ魔力、大イナル力ニシテ、古クハでゅえーすノ賢者ノ一人ノ作トイウ・・・』
・・・どうやらグレニーの見た未来は本当に起こり得るものだろうね。
ただの幻影を見せるための工芸品
じゃないからね。断片的には覚えてるんだろう?」
急に話をふられて驚いたが、グレニーはそう言われると記憶にかすかに残る像をふるい出すかのように顔をしかめてゆっくりと頭をふった。
「ああ・・・。 少しは思い出せるんだけどな。何人もの知らない奴の顔、・・・そう、知ってる顔もあるぜ。2人だけだけどな。フェール、お前とセル・・・いやギャリオットだ。だからお前の所まで来たのさ。」
「それじゃあ1つは未来の事が分かったんだね。僕に会えたんだから。」
フェラルドはそう言って笑いかける。
グレニーもそれに答えるようにひきつった笑いを見せた。
「そうなるな。・・・それと建物がいくつか・・・塔がいくつかと城が・・・2つ。」
フェラルドは再び立ち上がると、部屋の中をゆっくり行ったり来たりし始めた。
「やっぱり魔法をかけた方が良いのかな・・・でも精神に関する魔法はあんまり得意じゃないんだ。」
「何でもいいからやってみてくれよ。俺との冒険で見つけた杖と本でまた腕が上がったんだろ?」
グレニーはフェラルドと1年前にやった冒険を思い出していた。
フェラルドが先祖伝来の宝が眠る山の探索のために盗賊を雇いにアドニスを訪れ、グレニーが雇われたのだった。
フェラルドはその山の中の洞窟の中で彼の家系の初代にあたるカーマス=バーウィングの遺産を発見し、300年前の希代の魔術師タグス=レイ=クウォールからカーマスが授かった1本の杖と6冊の貴重な魔法の書を手に入れたのだった。
「確かにあの中の本の一冊に精神に関する魔法について記されたのもあったけど・・・まだまだ勉強不足でね。古代の
工芸品の魔法に対抗できるだけの力が僕にあるかどうか・・・」
「とにかく、何かそれらしい魔法を知ってるんだったらかけてくれよ。金が居るって言うならちゃんと払うぜ。」
「いや、別にグレニーから金を取るつもりはないけど・・・。」
フェラルドはしばらくの間渋ったが結局やる気になったのか、グレニーとの冒険で得た杖を持ち出してきてグレニーの前に立った。
「いいかいグレニー、今からかける呪文は失敗したらグレニーにとって、とても危ないやつなんだ。それでもいいかい?」
グレニーの前に立つフェラルドは、いつもの体格のわりには痩せてひ弱に見える気のいいフェールではなく、強大なる力を秘めた魔術師フェラルドバーウィングだった。
背はいつもより大きく見え、しっかりと杖を握るその姿はまるで別人のもののようだ。
少し気圧されながらグレニーは答えた。
しばらくの沈黙の後、フェラルドは精神統一を始め、右手の杖を前に突き出し、左手の人指し指で複雑なルーンを宙に描きながら呪文を詠唱し出した。
「万物に有する各個の意志たるパド、その働きにて力を成すマナよ、我がバーウィングの名の下にその力を発現せよ・・・。」
部屋の空気が急にピンと張りつめ、フェラルドの一語一句にあわせてふるえるような感覚がする。
フェラルドの持つ杖に刻み込まれた魔法語がうっすらと光を帯び、その左手で描くルーンも淡い残光を発するようになっている。
「・・・この者の心の淵に沈みし失われし記憶を呼び起こさんがため、我は命ずる!クォールの手になる魔法精霊たるシル・ティニシ・ハーよ、今その盟約を果たせ!ニス=ティルス、リア=フィエール=バードス、ラムス=ティニス、リク=ジナス!ロス=アーマス!!」
視界が光に包まれ、すべて音を発する物が消えうせたかのような沈黙がグレニーを襲った。
そしてあの青水晶を覗き込んだ時のように断片的な未来の映像がその光の中にうかんできた。
「!」
しかし、次の瞬間、視界中のすべての光は渦巻き出し、それまで黙っていた世界が一斉に叫び出したかのようなすさまじい音が耳をついた。
いままで見えていた光景はその喧騒にかき消され、頭が割れそうな激痛が襲った。
「・・・すべては・・・平静に・・・あらゆるマナは・・・もとの・・・場所に・・・我が・・・ィングの名・・・命令・・・」
その中、フェラルドの絶叫にも似た呪文が聞こえ、そしてその狂った絶叫はその声が何かの命令の言葉をもって終わった刹那、始まった時と同じように突然終わった。
部屋の中は何もなかったかのように静かで、窓の外からは相変わらず鳥達のさえずり声が聞こえている。
「グレニー・・・大丈夫かい・・・?」
先程の威圧的な姿とはうってかわった、いつものフェラルドがそこにはいた。
彼は弱々しく杖にすがり、荒い息使いをしていたが、目にはさっきの魔法が残っているのか、力強い光が宿っている。
「もう少しは見えると思ったんだけど・・・。」
残念そうな表情をしながらゆっくりと机まで歩いていき、フェラルドは深々とその椅子にすわり込んだ。
短い間にあまりに目まぐるしい変化が起こったために茫然としていたグレニーは、フェラルドが椅子に座ったがその合図であったかのようにやっと自分を取り戻し、自分の声がちゃんと出るのか怪しむように恐る恐る口を開いた。
「フ、フェール、いったいどうなったんだ?オ、オレは・・・。」
「御免よ、グレニー。やっぱり呪文は成功しなかったんだ。それどころか工芸品の防御の呪文に危うく白痴にされる所だった・・・。」
いつも明るい笑顔を絶やしたことがなかったフェラルドが珍しく暗く沈んだ表情を見せていた。
ふさぎ込んでいるというよりは何かについて腹を立てているようだった。
「すまないな、フェール。つまらない事に巻き込んで。気分を害したんなら謝るぜ。俺は魔法については素人だから分からないが何だかヤバかった事ぐらいなら見当付くからな。俺に責任があるんなら・・・」
するとフェラルドはふせていた顔をいきなりあげて真剣な顔つきで叫んだ。
「グレニーのせいじゃあない!」
いつもは物静かに話すフェラルドが突然大声をあげたため、グレニーは次の言葉を失って黙り込んでしまった。
そんなグレニーを見てフェラルドは気まずそうに、そして自虐的に、ひきつった笑いを浮かべてもとの声で話し始めた。
「大声を出したりして・・・見苦しかったね。謝るよ。ただ・・・気が立っているのはグレニーのせいじゃないって言いたかったんだ。誰のせいでもなく、まだまだ修行の足りない自分自信のせいで呪文が失敗したって事がくやしかったんだ・・・。」
友の今まで知らなかった一面を垣間見て少しとまどったグレニーは、それでも何とか気を取りなおして努めて明るい声で笑いかけた。
「なーに、フェールが出来ないんならそこいらの魔術師にだって無理な話しさ。古老でも連れてこなけりゃな。」
「古老?」
フェラルドはグレニーの言葉を無表情に繰り返した。
何かを思い出そうとしているのかゆっくりと立ち上がると本棚の方へと近づいていった。
「古老
、・・・塔、・・・そう、塔!エンダイン!カドゥーテ!」
急にパッと顔を明るくしてうれしそうに茶色の表紙の本をめくりはじめた友を前にグレニーはまたもやとまどい、その行動を見守るしかなかった。
「グレニー!呪文も完全に失敗ってわけじゃなさそうだ。・・・グレニーはこの塔と・・・この塔を見た事があるだろう?」
その本の示された所にはいくつかの塔が大雑把に描かれていたが、確かにそのうち2つは訪れたことはないものの、
知っていた。
その2つの塔はグレニーの未来の像の中でも比較的はっきりと見ることの出来る建築物の像と酷似していた。
「た、たしかにこいつとこいつは俺の見る未来の像のやつとまったく同じだ・・・。どうして分かったんだ?」
「呪文のおかげだよ。呪文が完成してから工芸品の防御の呪文でかきまわされる前に数瞬、僕にもその未来の像がいくつか見えたんだ。あまりに像がボンヤリしていて分からなかったけど、古老
・・・グレニーの一言で思いついたんだ。」
フェラルドは得意げにグレニーに笑いかけた。
「守りの四塔の1つにして風の聖域、カドゥーテ、そして偉大なる魔術師達古老の住まうエンダイン。」
「こ、これがカドゥーテにエンダインだって?」
グレニーは驚いてまじまじとフェラルドをみつめた。
カドゥーテといえば北の戦乱の国ザオックと魔軍の潜むゾンとの境に建つおそろしく古い塔で、エンダインにしてもザガード国内にあるといっても険しいジュラ山地の山なみの中のいづこかにあると知られているだけでそこを訪れ得た者などいないと言われる伝説の塔だ。
どちらかを訪れるにしても片や魔軍と騎士団との戦乱の真っただ中、片や伝説の魔法の山地のただ中なのだ。
しかしこの2つの塔が未来の像に現われたとすると、グレニーはこの2つの塔のどちらにも訪れる事を意味する。
「エンダインにカドゥーテだって?俺は・・・俺はそんな所に行かなきゃならないのか?」
愕然として独り言のようにつぶやいたグレニーを見て、フェラルドはいたずらっぽく話しかけた。
「義務ではなく必然だよ。過去と未来2つながらにして見守る双頭の智竜の像のお告げだからね。」
「はじめにどちらに手をつけますか?グレニアル=レイバー殿?」
フェラルドはまたもふくみ笑いをしながらからかうようにわざと改まってしゃべったが、グレニーが「よしてくれよ。」とひきつった笑いを浮かべるのを見ると少し沈黙を置き、そしてなにか決心するかのようにしばらく目をとじるといつもの屈託のない笑いを浮かべて話しかけてきた。
「どちらに行くにせよ、旅立つ前に僕に準備する時間をとらせてくれないかい?しばらくは帰らないだろうからいろいろとやることがありそうだな。」
「準備する時間って・・・フェール、お前・・・。」
「そう、僕もついていくつもりさ。どんな苦労をしてもエンダインやカドゥーテに必ず辿り着けるっていうんなら魔法を生業とする者にとってこれ以上魅力的な旅はないよ。それにグレニーにはこの前の冒険の時の恩がたくさんあるからね。」
「す、すまないな、フェール」
グレニーは思いもよらぬ申し出に戸惑いつつもそのうれしさにひきつった笑いが顔に浮かぶのが分かった。
「感謝の言葉は旅の途中で僕が役立った時でいいよ。とにかく、長い旅になりそうだから本腰を入れて用意をしなくてはね。出発は・・・用意が出来たらすぐ、といこうか。」
「あまり急がなくてもいいぜ。そうはやる旅でもないからな。」
たてかけていた杖を取って椅子から離れたフェラルドにグレニーはそう告げた。
「昔から早きことは善なる事、善なる事は早きにって言うだろう。少なくとも日が頭の真上にくるころにはこの家を出てトーマスの親父さんの店で買い物が出来そうだな。」
「トーマス?」
「ああ、冒険者達の店っていって旅の準備ならあそこが一番よさそうだからね。そこで買い物がすんだら、星占い
でも、コイントスでもいいから行先を決めて出発としよう!」
窓の外の鳥の声はいつの間にか人々の往来するざわめきと変わっていたが、グレニーはこの家を訪れてからの短い時間で自分の進むべき道が大きく変化した事に気付いていた。
これからの本当の冒険・・・人に雇われた他人のための冒険ではなく、自分自身のための冒険・・・が始まるのだという予感と、その予想される困難さとが、少々の危険な旅にも馴れたはずのグレニーに、生まれてはじめて旅に出るような感じを覚えさせていた。
角を曲がると白塗りの大きな建物が目に入った。
12の歳まで暮らしていたケールの町の教会だった。
天空神パースを信奉するここザガードの町ならどこにでもあるような教会だ。
アースは16年前ここにある孤児院にエリーシアと共に預けられ、それから6年間世話になったのだ。
エリーシアはアースがこの町の長老バーダに引き取られた後も教会に残り、天空神の教えを学び続け、 今では司祭位をも受けようかというほど神の加護を受けるようになっていた。
誠実で人を疑うことを知らぬ純真な少女だった彼の幼馴染みは、信仰深く心優しい美しき乙女へと変身していたのである。
「ア、アース?」
中庭で会った侍祭に言われた通り、東の礼拝堂のドアを開けるとそこにはやはりエリーシアがいた。
いつもと少し様子が違うが、東の風、春風の守護聖霊トゥーミス=レムセイルの彫像の足元に膝まづいて祈りを捧げてている姿は間違いなく彼の幼馴染みのものであった。
礼拝堂にアースが入っていくと一言祈りの言葉をつぶやいて聖霊の彫像の前から退き、うれしそうに近寄ってきた。
「何か御用?アース。」
「お祈りの邪魔をしたみたいだな。それにしても・・・。」
近づくにつれエリーシアの姿がはっきりしてくると、いつもと様子が違うと思ったわけが明らかになった。
普通白くゆったりとした服を着て長い黒髪を背中に流しているエリーシアが、今日は丈の長い淡い青色の服を着、さらにその上から軟らかい革鎧を身につけているのだ。
髪もいつもと違い後ろで束ねている。
その姿はさながら教会の神官戦士といったところだ。
「いつから神官戦士になったんだい?そんな格好をして。」
エリーシアはアースの顔をのぞき込み、アースの鎧の胸の所を軽く叩くと、いたずらっぽく微笑んだ。
「アースの方はどうなの?初めて戦いに出る戦士みたいよ。」
「そう言われ、アースは自分もいつもと違って鎧を身にまとっている事に気付いた。
「そして自分がなぜこういう格好をしてここに来たかという事にまで考えがいきあたりその事をどうやってエリーシアに話そうか、どうきりだそうかという点でその考えはつまってしまった。
「いや・・・実は・・・。」
どう言っていいか分からずに話しあぐねているアースを見て、エリーシアは意味ありげに微笑んでくるっと後ろを振り返りアースに背を向けた。
「私はね、ある人を待ってたの。その人は今日この町を出て旅に出ようっていう剣士でね、その人についていくとお父様の消息がわかるかもしれないの。」
エリーシアは元気にこちらへ向き直すとアースに笑いかけた。
アースははじめ何のことかわからなかったが、エリーシアが自分のことを言っているのだと気付くと驚いてエリーシアを見た。
「剣士って、オレのことか?どうしてそれを・・・。」
「長老様から、昨日夜遅く使いの人を通して手紙をもらったの。少し字が乱れていたけどしっかりと『今、明朝にアース=ローウェルここケールを離れる旨を聞き届けるに及びこの知らせとす。』と書いてあったわ。」
エリーシアの表情からアースの態度を面白がっているようないたずらっぽい笑いがうせ、なにか決心したような毅然としたものが感じられるようになった。
「それだけしか書いてなかったけど、私、アースがお父様達を探しに・・・北へ・・・行くんだってすぐに分かったの。そしてそれが危険な旅になるってことも・・・。」
エリーシアは少しうつむいて、アースの顔色をうかがうような仕草を見せた。
「アースは・・・アースは、私を迎えに来てくれたの?それともお別れを言いに来たの?」
「エ、エリス・・・。」
アースの反応を確かめるかのように一呼吸置いて、エリーシアはパッと顔を上げた。
「言わないで。私、決心したの。アースについていくって。私だって神に仕える身だから、何か、役に立つはずよ。それにお父様の事が分かるかも知れないし、それに・・・。」
エリーシアはその瞳にうっすらと涙を浮かべ、必死にまくしたてていた。
彼女はアースの口からある言葉・・・『来るな』という一言が出るのを恐れているかのようだった。
そんなエリーシアを見てアースは心の中で自分を思い悩ませていたわだかまりが消え去ったように思え、そして、つまりながら先を続けようとしているエリーシアを優しく制した。
「エリス、別に来るなと言っているわけじゃないさ。」
「それじゃあ・・・。」
エリーシアの表情がまるで花でも開いていくかのように歓喜のそれへと変わっていった。
「ああ。おれもついて来い、なんて言える立場じゃない。・・・一緒に来てくれるかい?俺のためにも、そして親父達のためも。」
「アース!」
エリーシアはうれしさのあまり抱きついて来んばかりだったが、自分が目に涙をうかべているのに気付くとはずかしそうに背を向けた。
「もう、意地悪ね。それならはじめから言ってくれればいいのに・・・。」
「言うなって言ったのはエリスの方じゃないか。あんなにまくしたてられたら言いたくても言えやしないさ。」
エリーシアは不平を言うように頬をふくらませたがすぐに笑顔に戻り、うれしそうに聖霊の神像の方へ歩き出した。
「春と東風、そして旅立ちの守護聖霊トゥーミス様にもう1回お祈りを捧げておくわ。私達の行く手に悪しき風の吹かぬよう、よき風とよき友に恵まれますようにね。」
神像の前に膝まづき、うってかわって敬虔な表情で祈りを捧げるエリーシアを見ながら、アースは久しぶりに、天空神パースとその下僕たる守護聖霊達へのお祈りの一説を思い出していた。それ程熱心な信者でもないが、今日という日にこそ、幼い頃教えられたその文句が意味をなすのだなと思ったアースは、記憶の糸をたどりながらその一説を口に出しつぶやいてみた。
『自由なる風を統べる天空神パース=ラ=ルシームよ、その御力による加護を我に。春風の守護聖霊トゥーミス=レムセイルはその優しき東風を、夏風の守護聖霊ディネン=セタートはその力強き南風を、秋風の守護聖霊セマ=カリオイナはその涼やかなる西風を、冬風の守護聖霊ジュミルエン=ティアはその厳しき北風を、その地において、その時においてその力を我が力となし、我を助けよ。我は天空神パースの名の下、四囲の風と共にあらんことを誓う。我はその身の朽ちたる後にも、自由なる風たらんことを望む。この大陸、天空神パースの自由なる風の届きたるすべてにおいて我を守り給え。』
おりしも、礼拝堂の中を一陣の風が吹き過ぎていった。開け放たれた窓から舞い込んだその風は、いつになく長かった冬の終わりと、春、そして新しい年の到来を告げる春風のはずであった。
しかしアースにはその風が春風のトゥーミスが彼等の旅出を祝福してくれたものとは思えなかった。
その風はまるで冬と北風、そして試練と忍耐を司るジュミルエン=ティアがこれからの旅の困難さを示したものかのように、するどく、そして冷たいものだった。
「アース坊!丁度いい時に帰ってきたな。」
エリーシアと一緒にトーマスの店の扉をくぐると、ニヤニヤ意地悪そうに笑っているトーマスから声がかかった。
その顔を見るとこれからエリーシアのことで散々からかわれるのは明らかのようだ。
トーマスは珍しく2人の客の相手をしていたようだが、アースとエリーシアが入ってくると嬉しそうにカウンターから出てきた。
「お久しぶりです。トーマスさん。」
「こっちこそ、久しぶりだな、エリス嬢ちゃん。本当に綺麗になったな。アース坊のどんな言葉に騙されてついていく気になったんだい?」
含み笑いをしているトーマスは、エリーシアがわけが分からずアースの方をうかがうのを見ると、我慢しきれず大声で笑いながらアースの肩をどやしつけた。
「痛いなァ、親父さん。」
「よくやった、坊。まずは最初の冒険は大成功ってわけだな。それなら約束のご褒美だ。」
そう言ってカウンターに戻り、客の男2人に何かを言っているトーマスを見ながら、エリーシアが不思議そうにこちらをのぞき込んできた。
「最初の冒険って何?トーマスさん何を言ってるの?」
「さあね。親父さんももうボケだしたんじゃないか?」
とぼけた口調でごまかそうとしていると話していた男2人を連れてトーマスが戻ってきた。
「誰がボケてるって?・・・まあいい、アース坊、紹介しよう。ちょうど旅の用意のためによって下さったお二人だ。えーと、バーウィングさんに、レイバーさんだ。・・・こっちのでかい方がアース、そしてこっちがエリーシア。」
招かれて前に進み出た2人は見るからに冒険者、という格好をしている。
バーウィングと言われた方は真直ぐな樫か何かの杖を持ちローブを着込んでいる。長身で体格もそこそこあるが何か弱々しい感じをうける若い男だ。
レイバーという方は硬い革鎧をきっちり着込んで腰に広刃の剣を下げており、軽戦士といった様子だが油断ない目つきやその物腰からいくと盗賊
といっても おかしくない感じだ。年はアースより2〜3才上といった所だろう。
「初めまして、アース=ローウェルです。 そして・・・」
「エリーシア=ノートルです。初めまして。」
エリーシアの方をうながすと彼女はすぐに挨拶をした。
すると盗賊っぽい男の方が予想外に明るくしゃべりかけてきた。
「やあ、俺はグレニアル=レイバー。グレニーって呼んでくれ。アドニスで傭兵をやってたんだが今は見ての通り旅の冒険者だ。そして相棒の・・・。」
「フェラルド=バーウィングです。僕はここケールに住んでたんですがお目にかかるのは初めてですね。」
握手をそれぞれ交した後どういう用件なのかトーマスの方を見ると、トーマスは頭をかきながら説明を始めた。
「えーと、アースに一緒に旅に出る魔法使いを、っていってた人はこのバーウィン グさんの事だ。前にも一度バーウィングさんが冒険に行くって時準備を手伝った事があったからな。ところが話に行こうって思ってた矢先、2人して店に来て下さったんじゃねえか。そこでアース坊の話をしたら心よく同行を承知して下さったわけだ。」
「僕とグレニーの旅から考えればあなた方2人の目的地はちょうど通りがかりにあるんです。それならお互い2人よりは4人、数が多い方が心強いでしょう?」
トーマスの後をついでバーウィングという若い魔法使いが説明する。
「どうだい、坊、すべて丸くおさまったじゃねえか。バーウィングさんは冒険の経験もある魔術師さんだ。それにレイバーさんも百戦練磨の傭兵ときた!この二人が坊についていってくれるっていうんなら俺だって安心して坊を送り出せるってもんだ。」
アースは思いがけず出来た旅の仲間を見ながらとにかくヨロシク、と再度握手を交した。
「これから一緒に旅をするんだ、堅っ苦しい事は抜きとしようぜ。とにかく酒場に でもくり出して親交を深めようじゃねェか。」
グレニーといった男は右手の親指を立てて片目をつぶってみせた。
その仕草があまりに滑稽だったためエリーシアがプッと含み笑いをすると、トーマスとフェラルド、そしてアースさえもおかしくなり、ついには当人のグレニーをも含めて笑いの輪が広がった。
「さあさあ、仲間も増えた事だし、出発としよう!」
グレニーは照れをかくすようにわざと大声で、そう言った。