RISK - The Real Legend - 04

 2.闇の到来

 「ありゃあ大勢で戦ってる音だぜ。それも金属音が多いから何人か騎士かなんかがいるな。」
 聞き耳をたてていたグレニーが声を押し殺してそう告げた。グレニーの言う通り木立の間から金属のぶつかりあう音 と、男の怒号、そして獣か何かの叫び声が響いてくる。
 ケールを出発して2日目、闇の森を北に抜ける事に決めていたアース達は大河セントの源流にあたるミリアス川の川沿いに歩みを進めていた。
 獣や魔軍の敗残兵が徘徊していると噂される闇の森のただ中にあって、この2日間は何事もなく無事でいたが、日も傾いてもうそろそろ夜営の準備を始めようかという時に行手の川上の方から争いの音と思われる喧騒が聞こえてきたのだ。
「どうする、アース?どこのどいつが戦ってるのか見当もつかねえけど・・・。」
「音からしてさして遠くないな。見える程の距離でもないけれどね。」
 フェラルドも遠くを見るように手をかざしてはいるが、それ程気にしている様子はない。
 アースは自分の掌がじっとりと汗でぬれてくるのを感じながら音のする方をじっと見入った。
「ザオックとの国境までにはまだ距離があるはずだから戦場になっているわけはないな・・・。」
「で、でも、魔軍の敗残兵かも・・・。」
 エリーシアも怯えた様子で森の先の方をみつめている。
 すでに日は相当傾き、うっそうと生い茂った木々の間には夕闇が忍びよってきていた。
 渓谷を流れる川の岸の大きな岩の間からは水の流れる音が響いているが、それにもまして刃のかち合う音や獣の絶叫などがアースの耳をついた。
「ま、どっちにしても下手に手を出さない方がいいな。あの音が止むまでここいらに身を隠しておけば面倒に巻き込まれずにすむぜ。」
 グレニーは声の調子を落としながらも怠気そうに言い、目ではすでに隠れ場所を探している。アースはそんなグレニーにあきれながらも力強く言った。
「隠れるだって?すぐそこで誰かが戦ってるって言うのに?俺はとにかく、誰が争ってるのか見届けた方がいいと思う。馬をとばせば半日でケールに着くっていう所に魔軍の兵なんかがいたりしたら大変だ。」
 エリーシアも戦いに対する恐怖より愛着あるケールの町が危険にさらされる事への危機感が勝ったらしく同意するように頷いた。
「おいおい、冗談じゃないぜ。こんな事に首をつっこんでたら命がいくつあっても足りゃしないぜ。いいか、アース。冒険者になろうっていうんならそんな安っぽい正義感は捨てちまいな。冒険者も傭兵る生き残っていくら、の職業なんだぜ。」
 グレニーはうんざりといった感じで肩をすくめてみせた。アースの口から親父が騎士だと聞いた時からいつかはこう言って聞かせる時が来るとは思っていたとはいえ、こうも早いとはグレニーとしても思いもよらなかったからだ。
「自分の命を大事にしな。こういう時は黙ってやりすごすってもの生き残るための手なんだぜ。」
「しかし・・・。」
 アースがどもりながらも反論しようと口を開こうとすると、突然グレニーの目がスウッと細く、そして殺気をはらんだものと なり、声を出すなと手ぶりをしながらグレニーは用心深く手を腰の剣の柄へとのばした。
 驚いてグレニーを見かえすとグレニーはそのまま四つんばいになり地面に耳をあてて黙りこくってしまった。
「間違いない。何人かこっちに走ってくるぜ。」
 次にグレニーが口にした言葉は押し殺された、緊張した警告の文句だった。
「グレニー!アース!あの光は!」
 アースが緊張しながら剣の柄に手をかけた時、フェラルドが川上の方を指さしながら声を押えて叫んだ。
 見ると遠くの木立の間に、パパッと鋭い閃光が見え、次に鈍い爆発音が響いてきた。
「魔法使いがいるぜ!雷撃系の呪文だ。」
 どうやら戦いの場がこちらへと移動しているらしく、その喧騒は徐々に近づいてきていた。
「とにかく隠れるんだ。魔術師マギ相手になるんなら分が悪い。」
 木立に中に隠れるのをあきらめ、川岸の岩場に方へと駆け出したグレニーは遅れているアースとエリーシアに早く急げと叫んだ。フェラルドも「魔法使いはこっちにもいるんだけどね。」とつぶやきながらグレニーに続いている。アースは仕方なく先を行くグレニーの後を追うように走り出した。
「すべりやすいから気をつけて下さいよ。」
 岩場に入ると、岩のいたる所に苔が生えており、フェラルドの言う通りすぐにでも転んでしまいそうだった。
 ただでさえ足場が不安定だというのに、アースは他の三人と違って重い鎧を着ている。
 その差はみるみる開いてエリーシアがグレニーとフェラルドの見つけた大きな岩の影にたどりつこうという時に、アースはその五十歩ほども後ろをギクシャク走っていた。
「急げ、アース。もうそこまで来てるぞ。」
 グレニーの声に顔を上げると確かに先の木陰に何人かの人影が見えた。こちらに走ってきているらしい。
「重い鎧も考えものだな。」
 やっと三人の所にたどりついてそうぼやくとグレニーが頭を下げるように言いながら笑いかけてきた。
「一人怪我をしているらしい。二人で肩をかついでる。右の方の奴は子供か?やけに背が低いな。」
 グレニーは夜目でもきくらしく薄暗い中じっと監視している。
「むこうの方は終わったみたい。」
 エリーシアがおそるおそる意見を述べる。
 手前の三人に気取られて気付かなかったが確かに川上の方で聞こえていた戦いの音はいつの間にかやんでいた。
「背の低い奴は・・・ドワーフだな。子供にしては体格がよすぎる。・・・真ん中は人間の騎士だ。胸の鎧に紋章があるぜ。」
 グレニーは三人の動きをしっかり目で追って気付いた事を低い声で説明した。
「エリーシアの言う通りむこうの戦いは終わったらしいぜ。あの三人は負け組みで仲間を置いて逃げ出してきた口なんじゃねえのか?」
「騎士が仲間を見捨てるだって?どこの騎士がそんな卑怯な事を・・・。」
 アースはグレニーの言う事が信じれずその騎士を見定めようと岩影から頭を出した。
 そしてその男の胸の紋章を見たとき、その憶測は絶対に間違いだと確信した。
 夕闇にまぎれているとは言え、その紋章はアースが片時といえど忘れた事がないものだったからだ。
 それはいつも記憶の中の父の胸で輝いていたザオック国の騎士団ローゲルファッツァの団章だった。
「グレニー!あの真ん中の男は・・・」
「しっ!静かに。新手が来たぜ。」
 アースが続けようとするのをグレニーが手で制した。
 見ると三人の後から6〜7人の人影が迫ってきた所だった。
 怪我人をかかえる初めの三人は明らかに速度で新手の者達に劣っており、みるみる差が縮まっていく。
 そしてしばらくして三人の背格好が見えるぐらいこちらに近づいた所で、怪我人をかかえていた二人はその騎士を一本の大木に寝かせつけ、それを守るように武器をかまえた。
「ドワーフと、もう一人は・・・エルフか?そんなわけはねえな。新手の七人・・・いや七匹はオークだぜ、あれは。」
 グレニーが小声で話しかける間に追手のオーク達は追いつき、武器をかまえた二人を囲むようにちらばった。
「グレニー、あの二人を助けよう。」
 アースはそう言いながら立ち上がり、剣を引き抜いてすでに戦いの始まった大木の下へと走り出した。
「おい、本気かよ。・・・クソッ、こうなったらヤケだ、つきあうぜ!」
 グレニーは舌打ちをしながら岩影から飛び出し、アースに続いた。
 後ろをちらりと見るとフェラルドもエリーシアも緊張した面持ちで彼に続いていた。

「たまらねえな。アース。無茶はよしてくれよ。」
 布切れでオークの返り血をふきながら、グレニーはアースの方へと歩みよっていった。
 アースは、怪我をして動けない騎士を神聖魔術の呪文で癒しているエリーシアのそばにじっと立っている。
「すまない、グレニー。この人は・・・ローゲルファッツァの人なんだ。」
 アースは騎士を指差してそう言った。
「はあん、親父さんの仲間ってわけか。・・・それにしてもあんた、やっぱりエルフだったんだな。」
 グレニーはそのかたわらに立つ細めの男にむかって声をかけた。
 不思議に光る銀色の髪からエルフ特有の細長い耳がのぞいている。
 薄い緑の服の上から硬い革の胸あてをし、細身の剣を腰にさげており、ひたいには銀製のみごとな細工のサークレットをはめている。
 騎士をかばって戦っていた一人だ。
「礼を言わなくてはならないようだな。結果はともかく、手助けしてもらった事にはかわりはないからな。」
 男のエルフは少しよそよそしい言い方でグレニーに答えた。
「何、この小僧っ子達が出しゃばらなくともオレとエルヴァージュの二人でどうにかなったさ。」
 すると騎士を囲んで正面にいるドワーフが自分の両刃の斧グレートアックスを叩きながらそう口を出してきた。
 二本の角がつき出た兜をかぶり、チェーンメイルで身を固めたこのドワーフが言う通り、アースには自分達の助けがさほど必要な物だったようには思えなかった。
「あっという間でしたね。」
 フェラルドが先程まで戦いの場となっていた場所を振り返った。
 そこには無残に切り捨てられた七匹のオークの死体が転がっている。
 アースとグレニーがこの二人のエルフとドワーフが戦う場所にたどりついた頃にはすでに彼らは一匹ずつオークを仕留めていた。
 さらに、アースとグレニーがそれぞれ一匹ずつ倒した時に、エルフはもう一匹、ドワーフはさらに二匹を片付けていたのだった。
 たとえアースとグレニーが手を出さなくとも、このエルフとドワーフの二人組みが全てのオークを倒すのにはさして時間はかからなかっただろう。
「とにかく、不要の手傷を受けずにすんだのだし、何よりこの騎士の傷を癒してもらえるのには助かる。」
 エルフはそうドワーフに言ってアース達に話しだした。
「私の名はエルヴァージュ。エルラ=ミルの谷のエルフだ。そして彼がケイン。レディリスクの山の出身だ。」
「ケイン=ド=ストレキアだ。まあ、礼は言っておこう。」
 それを受けてアースは四人をそれぞれ紹介し、ザオックへの旅の途中だと説明した。
「それで、この騎士は誰なんだ。」
 グレニーがエルフの方を見ると、エルフは知らない、と首を振った。
「オレ達二人もあんた達同様出しゃばった口ってわけだ。このすこし先でこの人間の騎士達が闇騎士ディヌースとオーク供に襲われていたから手をかそうと出ていったのだ。」
 ドワーフが偉そうに説明する。
「そうしたら騎士の隊長格の奴がこの男をオレ達に押し付けて『逃げてくれ。」と叫びよった。」
「魔法使いがいたんじゃないんですか。」
 フェラルドが川上の方に目をやりながら尋ねかけた。
「エルヴァージュも魔法を使うが確かに敵側にも魔法使いはいたな。」
「恐ろしく力の強い魔法使いだった。あの様子ならこの騎士の仲間は全滅してしまったかも知れない。」
 エルフは腰の細身の剣の柄に手を置きながらじっと川上の方を見据えている。
「むこうが片付いたんならこの騎士を追ってくるんじゃねぇか。」
 ほとんど沈んでしまい西の空を染める程度になった太陽の光は、すでにこの闇の森の木立の間から締め出されつつある。
 グレニーの言葉で一同は用心深く川上の方を見守った。
「わざわざオークを追っ手に出したんだ、もうそろそろ来ると思っ方がいい。」
 父ゆずりのバスタードの柄を握りしめながらアースは視線を倒れている騎士とエリーシアの方へむけた。
「エリス、その騎士の傷の具合はどうだい。」
「軽くはないわ・・・でも傷口をふさいだから一応大丈夫だと思うけど。」
 騎士の鎧はエリーシアの手当の邪魔になるため今ははずしてあるが、刃傷がいたる所に見え、戦いのすさまじさを物語っている。
 動かせるぐらい治ったんだったらはやく逃げた方がいいと思うぜ。相手が闇騎士ディヌースだけならまだしも魔法使いまでいるとなりゃあ逃げるが勝ちだ。」
「ディ、ディヌース?なんなんだい、その 闇騎士ディヌース っていうのは?」
 おどけて見せるグレニーの言葉に耳慣れない名があったため、アースは素直に尋ねてみた。
「闇と怒り、破壊の衝動をその力となす、名に虚(ヌース)を与えられた妖魔と聞きます。この世界に実体をもち得る妖魔の一種族で、魔法は使えぬもの剣技に優れ・・・」
「つまり、鎧だけで中は空っぽの化物だ。おそろしく剣の腕が立つと聞くぜ。」
 フェラルドが説明をしているとグレニーが横やりをいれてきた。
 アースとしては難しくて長い説明を聞かされずにすんでホッとしたが、フェラルドは明らかに不服そうだ。
「あの妖魔は魔軍とセミスト公国との主戦場ぐらいにしか現われないと聞くがな。」
 ドワーフはそう言いながらエルフの男の方を見上げた。エルフは頷き返しながら怪訝そうな顔をする。
「それだけこの騎士達が邪魔な存在なのか、それとも・・・。」
「それとも?」
「アース!おしゃべりはそこまでだ。奴らが来たぜ!」
「意味ありげなエルフの言葉が気になり、先をうながそうとしたアースの言葉は、グレニーの警告の一声でその答えを失った。みると木立の影の中から、真っ黒な鎧に身を固めた、二人の騎士姿の男が現われた所だった。その二人は木々の間の闇の中からしみ出してきたかのように全身が何から何まで黒一色で、音もなく進み出てくると腰にさげた大剣をスラリと引き抜いた。
「へっ、問答無用ってわけか。」
 アース達はそのグレニーのつぶやきが合図でもあったかのように、各自の武器をかまえて闇騎士を囲むようにちらばった。

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