RISK - The Real Legend - 05
アースはエルヴァージュと供に右に立つ闇騎士を相手と定め、慎重に相手の出方をうかがった。
左の闇騎士にはグレニーとドワーフのケインが対峙し、エリーシアとフェラルドはまだ気を失っているローゲルファッツァの騎士をかばうようにしてこちらを見守っている。
闇騎士の2人は自信があるのかそれともそれだけの事を考えることが出来ないのか、無造作とも思える程の大胆さで歩み寄って来ており、どんどんと間合いをつめてきた。
「魔法使いの姿が見えない。出来れば魔法使いが現われる前に片をつけたい。いいか?」
エルフは有無を言わせぬ口調でアースに声をかけた。見れば視線は闇騎士を睨みつけたままだ。
「ああ、わかった・・・」
そんな態度に少し気分を害しはしたが、アースはとにかく頷いてみせた。
エルフはそんなアースをちらりと一瞥して先を続けた。
「わかったのならしばらく闇騎士の相手をしていて欲しい。呪文を唱える時間が欲しいんだ」
そういうとエルフは自分の細身の剣を地面につきたて一息深く呼吸すると精神を集中しはじめた。
アースは一方的なエルフの物言いに少しあきれさせられたが、闇騎士がもう目の前に来ている事に気付き、慌てて剣をかまえなおした。
左手の方ではすでにグレニーがドワーフのケインと供に奇声を発しながら騎士へと突っ込んで行っている。目の前の闇騎士はいったん間合い外で立ち止ると無造作に剣を振り上げてアースの頭へと打ち込んできた。
黒塗りの大剣が風を切って振りおろされてくる。
(速い!)
横にステップを踏んでよけようとしたアースはその予想外の剣の速さに驚き、とっさに自分の剣を頭上にかかげた。
その次の瞬間、剣に信じられない程の力がぶつかり、あやうくはじき飛ばされかかる。
アースはその長剣を両手でかまえていたが、闇騎士が片手でその大剣を振っているにもかかわらず押し返すどころか受け流して力をそぐのが精一杯だった。
闇騎士は素早く大剣を振り戻し、そのまま横になぎ払うように第2撃を放ってくる。
アースはその攻撃を後ろに体をそらす事でかわしながら、左手だけに持ち替えていた長剣で鋭い突きを放った。
鎧のつぎ目を狙ったその攻撃は上手く命中したが、それ程効いた様子もなく闇騎士
は第3撃を肩口を狙って切り込んでくる。
「アース!闇騎士には実体がありません!鎧を壊すつもりで戦って下さい!」
後ろにとびのいてその攻撃をさけるとフェラルドの忠告が背中に飛んだ。
その言葉に納得したアースは今度はたたきつけるような格好で闇騎士の右腕を打つ。
しかし闇騎士は身を引きながらその攻撃の力をそぎ、そのままの動きで恐ろしい跳躍力で後ろに跳びのいてみせた。
これで間合いは一気に開き、アースと闇騎士とは睨み合ったまま対峙する形となった。
アースは油断なく剣を構えながら、闇騎士との間合いをつめるべく少しずつ前へと進んだ。
その体はアースよりも頭一つ、体ふたまわりも大きい闇騎士だが、頭から足の先までつやの消してある黒づくめの鎧を身にしているため、夕闇の暗い森の中ではその細かい動きまでは見極める事は出来そうになかった。
剣士にとって、相手の次の動きを見きれないという事は真剣勝負の場合、死を意味する。
アースは息を殺しながら全神経を闇騎士の動きに集中させた。
人を相手にする場合ならば顔の表情に出る微妙な変化が何らかを教えてくれるかもしれなかったが、この鎧の妖魔の顔は兜で覆われており、妖しく光る赤い2つの目が残忍な光をたたえているだけで何の表情も、また生気すらも感じさせなかった。
しかし、アースがもう少しで剣が届くかという所まで間合いをつめたその時、その双眸が残酷な喜びと狂気でひときわ赤く燃え上がった。
アースは危険を感じ身を引こうとしたが、剣士としてのカンがアースに渾身の突きを繰り出させた。
闇騎士が何を狙ったにせよ、大胆な跳躍と捨て身に近い動きからのその攻撃は闇騎士の攻撃がアースに届く前にその胸の鎧をつら抜くはずであった。
アースは次の瞬間に腕に伝わってくるであろう衝撃を予想しながら、力を込めて左腕を突き出した。
空を切りながら長剣のすさまじい突きが闇騎士の胸へとのびる。
アースののどから気合いのこもった叫び声がしぼり出された。
・・・剣はまさしく空を切った。剣の切先が闇騎士に届くか届かぬかという所でその妖魔の体の輪郭が急にぼやけ、アースの目の前でその黒い鎧がまわりの闇と同化したのだ。
アースはわけのわからぬままその闇に突っ込み、勢いあまって倒れ込んでしまった。
「アース!危ない!」
慌てて身を起こそうとしたアースの耳にエリーシアの悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。
アースは無意識のうちに横に体を投げだし、転がった。
普通ならばそのまま立ち上がろうとしただろうが、心の奥深くの何かがアースにそうさせた。
次の刹那、実体化した闇騎士の黒塗りの大剣がアースがいたその場所に振り下ろされ、地面をくだいていた。
アースは素早く起き上がると剣を構えながら闇からしみ出して来たように実体化しつつある闇騎士を睨みつけた。
闇騎士の顔には何ら表情は無かったが、その赤い目はよくぞよけたと言わんばかりに見開かれていた。
その目は戦いを、もしくは殺戮を楽しんでいるかのような狂気の光で輝いていた。
闇騎士は再び闇と同化しはじめた。鎧の輪郭がはっきりとしなくなったかと思えばその体全体が黒い霧で覆われたかのようにうすれ出し、そして完全に周囲の暗闇の中に消え失せてしまった。
アースは夕闇と言うには暗すぎる闇の中に取り残された。先程までいた場所に闇騎士がいないのは明らかだった。
「くそったれ!闇騎士が闇に紛れちまうなんざ冗談にもならねえぜ!」
どうやらグレニー達が相手にしていた闇騎士も闇と同化してしまったらしく離れた所にいるグレニーの悪態が耳に入る。
アースは周囲に油断なく気をくばりながらどんな攻撃にも対応できるようにしっかりと剣を構えた。
(攻撃をする時は絶対に実体化するはずだ。一撃目をどうにか持ちこたえれば反撃の機会も出てくる・・・)
アースはどんな変化も見逃すまいと息を殺して周囲をうかがった。
すぐに攻撃して来ると予想していたが、闇騎士は現われず、森全体が沈黙してしまったような静寂の中、極度の緊張状態が続く。
そんな時間が永劫続くかと思われたその瞬間、沈黙を破ってフェラルドの朗々たる古代語の呪文が森の木立に響いた。
「我が真名
をもって命ず、始原にして純粋なる光よ、その強き力をもって邪悪なる闇を追い払え!アル=キールボムス、リア=フィエール=バードス、カザール、ナリシエール、カザール!!」
アースの背後で光が爆発した。
その輝きは目を焼かんばかりだったが、光の中心に背を向けていた事が幸いしてその光の奔流が周りの闇を駆巡していく様がはっきりとわかった。
光の爆発はほんの一瞬の出来事で、あたりはすぐに暗くなったが、アースにとってはそれで充分だった。
アースの右手に今にも襲いかかってこようとしていた闇騎士を見い出したのである。
アースはためらわずに光で目を焼かれうろたえている闇の妖魔に突進した。
上段からふりかぶったアースの長剣は水平に振り抜かれ、闇騎士の頭をその胴から切り離していた。
闇騎士の頭が宙に舞い、それが近くに音を立てて落ちると同時に、首を失った胴体もつんのめるようにして前にくずれおちた。
アースは闇騎士が倒れるのを見ると、急に緊張が解け、体全体から汗が吹き出してくるのを感じた。
振り替えるとグレニー達の方も片がついたらしかった。
さっきの光の爆発の中心はどうやらもう一方の闇騎士だったらしく、ドワーフのケインの両刃の斧がとどめをさしたようだった。
その闇騎士の骸にケインの斧の刃が振り下ろされると、その骸は跡形もなく消し飛んでしまった。
勝ったのだ。
アースはその事実に新鮮な驚きを感じた。剣技には自身があったとはいえ、2〜3日前はケールの町の一住民にすぎなかった自分が、ドワーフとエルフとともに闇の妖魔を相手に勝利した・・・。
戦いに生き残った事に対する安堵感とは違った何か生きる喜びといったようなものがアースの全身をかけめぐり、気分を高揚させていった。
しかし、アースの心の奥で、何らかの別な意思が働き、警鐘をならしていた。
うかれて舞い上がってしまった心をいさめ、静めなければ重大な身の危険も察知出来ない・・・。
(危険?)
アースは真っ白になった頭でぼんやりと考えた。
(危険・・・何かおかしな所でもあるのか?さっき闇騎士
が闇の中に消えたみたいに・・・。)
アースは何かを思いだそうとしている自分に気付いた。
(闇騎士
・・・消えた・・・闇騎士
はもう死んだんだ・・・死んだ・・・骸・・・消えた・・・消しとんだ!)
アースは殺気を感じとっさに前へと身を投げだした。
しかし一瞬遅く背中に衝撃が加えられる。
(闇騎士は死ぬと鎧ごと消し飛ぶんだ!首を切り離しても死んだわけじゃない!)
背中の激痛に耐えながら半身を起こして剣をかまえると、そこに首のない闇騎士が切り込んできた。
様々な音が同時に耳に入る。
エリーシアの悲鳴。
グレニーの怒号。
エルフのエルヴァージュの口から聞こえる異語の詠唱。
そしてアースの体に圧倒的な寒さと、そして暗闇とが襲いかかった。
アースは死への恐怖を感じるひまさえなく深い眠りに陥った。
背中に慈悲深い温かさを感じ、アースは 目を覚ました。
その温かさの中、麻痺しきった五感のうち聴覚がまず機能を回復し、アースの耳にエリーシアの祈りの声とグレニーとフェラルドの話し声、そして焚火の音を届けた。
エリーシアはアースのすぐそばにいるらしく、耳もと近くでその神への詠唱がなされていた。
グレニーとフェラルドは他の誰かと静かに会話をかわしている。
と、突然焚火のはじける音がアースの耳を刺し、それをきっかけに他のすべての感覚がもどってきた。
次にアースが感じた感覚は肩口から背中にかけての激痛だった。
「大丈夫?」
その激痛に知らないうちにうめき声をあげたらしく、エリーシアが声をかけてきた。
目を開けると、まだはっきりしないものの、心配そうなエリーシアの表情が見えてきた。
「おい、アース、目がさめたのか?傷は大丈夫かよ」
ぼんやりとした視界の中、グレニーが近寄ってくるのが見てとれた。
「お前が闇騎士に背中をばっさりやられた時はあせったぜ」
焚火を囲んでアースのまわりにグレニー達が集まってきていた。
闇騎士の鎧が消し飛んだせいで跡かたも無かったが、
闇騎士と戦った大木の下で焚火をしているのは明らかだった。
アースはエリーシアの唱えた神聖魔法のおかげで相当回復していたが、まだ四肢に力が入らず、グレニー達が集まってくるのをそばにいたエリーシアとエルヴァージュと供に待たなければならなかった。
もう空に陽の光はかけらも見えず、頭上に昇っている月の具合から見ると夜半もすでに過ぎているらしい。
「心配をかけたみたいだな・・・」
アースはまわりの一人一人の顔に目をやった。
エリーシアは力なく微笑んでいる。
長い間神に祈りを捧げてくれていたのだろう。
グレニーは努めて雰囲気を明るくしようとしているのか意地悪く笑いかけてきた。
「相手の息の根を止めるまで気を抜いたりしたらダメだな。エルヴァージュの魔法があと一呼吸遅かったらお前もあの闇騎士と同じ首無しになってる所だったぜ」
グレニーはそういってアースが倒れた以降の事を説明し出した。
どうやら背中に一撃をうけた時に聞こえたエルヴァージュの異語の詠唱のようなものは精霊魔法の氷の呪文だったらしく、その呪文が闇騎士の動きをグレニーとドワーフのケインが駆けつけるまで止めてくれてたという事だった。
「エルフが精霊魔法を使うのは珍しくないんですが氷の魔法とは驚きましたね・・・」
フェラルドがエルヴァージュの方を見ながらそう感想を述べる。
エルフという種族は妖精族の一亜人種で容姿は人間に近いが元は妖精界の住人と言われ、当然すべてのエルフは精霊の理りを解すとされている。
しかしエルフはあくまで森に住まう妖精族で水ならまだしも氷の呪文というのは彼らにとって忌みこそすれそれを使役するというのは常識では考えられない事だった。
「エルフが皆、氷を嫌っているわけではないからな」
エルヴァージュは平然と答えたがその目にはあきらかに怒りに似た感情が込められていた。
理由がどうであれ、触れられたくないことを言われたらしかった。
「とにかく、エルヴァージュのおかげで 助かったみたいだな。礼を言わせてもらうよ」
アースは場をとりつくろうと痛みを我慢し、笑顔をつくってみせた。しかしエルヴァージュはそんなアースを冷ややかに見返しながらアースの側を離れた。
「無理はしないことだ。それに礼ならばそちらの女性と天空神にこそ言うべきだな」
アースは気まずく肩をすくめながらグレニーに笑いかけた。
「それで・・・俺が倒れた後はどうなったんだい?」
「ああ・・・アースをエリーシアにまかせて俺達は川の上流の方に行ってみたんだ」
グレニーは思い出したくもないというように横に首を振った。
「ひどい光景でした・・・」
フェラルドは沈欝な面持ちで語ってくれた。
「ここから少し上流の方へ行ったところに開けた所があるんです。そしてそこで、戦いがあったようでした。野営をしようとしていたらしいローゲルファッツァの騎士達をあの闇騎士達が襲ったようなのです」
そこには十数人の騎士達、そしてそれと同じくらいの数の妖魔達の死体がころがっており、その物言わぬ死体達がその戦いのすさまじさを雄弁に語っていた、とフェラルドは言った。
あるものはすさまじい力で胴体を剣で切り裂かれ、あるものはその顔すらわからぬほど魔法で黒焦げにされていたらしい。
「あの時聞いた戦いの音もほとんど終わりかけの頃のものだったんでしょうね・・・」
「それであの騎士・・・逃げてきた騎士 はどうしたんだ」
ケインとエルヴァージュがつれて逃げてきた手負いの騎士を思い出し、アースはまわりを見回した。
しかしそんなアースに見えたのは気まずそうな仲間の顔だけだった。
「一所懸命天空神様に祈りを捧げてみたわ・・・。けど外傷よりも魔法で受けた傷のほうがひどくて・・・」
エリーシアは悲しそうに顔をふせた。
心優しい彼女のことだ、あの騎士の死を自分のせいと自ら責めているのだろう。
「エリス・・・君のせいじゃないさ」
エリーシアはアースの心遣いに気付いたのか、力なくではあるが微笑んでみせた。
「それで、騎士団の騎士達を殺した奴らはどうしたんだ。相打ちかい」
「いや、それは違うな」
低く響く声でドワーフのケインがそう答えた。
「俺とエルヴァージュが駆け付けた時にいたのは騎士達を除いて人間の魔法使いが男と女一人ずつ、そして闇騎士
が六体、そして・・・」
ケインはここで咳払いをするように言葉を切った。
アースはその時、ケインがエルフのエルヴァージュをちらりと見、視線で何かを伝えるような動きをしたのを見て取った。
「妖魔・・・が何体かだった。あの場所に転がっていた死体の中に魔法使いらしいのは無かったからな」
「妖魔ってあのオーク達みたいな奴らですか」
フェラルドが何げなくそう質問するとケインは困ったようにまたもやエルヴァージュの方を見た。
「そう、その通りだ。私の記憶が確かならあの時いたオークの数は12匹。追ってきた7匹を除いて5匹は死体として転がっていた」
エルヴァージュは落ち着いてそう答えた。ケインもその通りだと言うようにうなずいてみせる。
「それじゃあ魔法使いの2人は生きてるってことなのかい」
「そのようだな。そして騎士達の隊長格の男も死体の中には見当たらなかった。たぶん捕えられ連れさられたのだろう」
「隊長格?」
アースはエルヴァージュの言ったことがはじめわからなかったが闇騎士と戦う前に彼が話したことを思い出した。
「君らにあの怪我をした騎士を頼んだ人の事かい」
そうアースが念を押すとエルヴァージュ はそうだ、と頷いた。
「黄金の装飾を装した鎧を身に付けていたから間違うはずはない」
「黄金の鎧・・・?もしかして」
フェラルドが驚いたように聞きかえした。
そしてアースにはそのフェラルドの意 図がはっきりと理解できた。
戦乱の地ザオックのローゲルファッツァ白銀騎士団で黄金の鎧を身に付けるのが許されるのは唯一副団長である『黄金の騎士長』だけで ある。
「ローゲルファッツァの副団長が連れさられたっていうのか?」
アースは驚きのあまり大声を出してしまい、そのため忘れていた背中の怪我の激痛にしばらく耐えなければならなかった。
「先の戦乱でグラード=ビリス卿が亡くなられてその席が空位になり、ラルスルード=ジーディランス卿がその後をついだ、と聞いてますが・・・」
『黄金の騎士長』のラスローダ。
赤月の称を持っていた三英雄のグラード=ビリスの部下のうち若くして右腕的存在だった紅月の称を持つラスローダって言えば有名だぜ」
フェラルドとグレニーは訝しげに顔を見合わせた。
「本当に黄金の鎧を着ていたのか?どうして騎士団の副団長なんかがこの森の中をうろついているんだ?」
「それはこちらが聞きたいくらいだな。 人間のやることは人間でないと理解し難いからな」
露骨に疑いの念を表したグレニーの言葉に気分を害したのか、エルヴァージュはただでさえ冷ややかな口調にさらに皮肉さえ含めて答えていた。
グレニーはそれでも不服そうな様子で何か言いたげな様子だ。
「あの・・・今までいそがしくて言いだせなかったんだけど・・・」
そんな険悪な雰囲気に耐えられなかったのか、エリーシアがおずおずと懐の中から何かを取り出しながら2人に割って入った。
「あの怪我をした騎士の人が最後の私にこれを頼むって・・・」
エリーシアが出したものは封書のようなもので、持っていた当人のものであろう血で赤黒く変色していた。
「これは・・・密書か何かでしょうね。騎士団の団章の封印がしてありますよ」
フェラルドはエリーシアからその手紙を 受け取ると用心深く表裏を観察した。
しかし字が書いてあったとしてもそれは血で汚れていて焚火の火では細かいところまで見分けられそうにもなかった。
「死ぬ間際に託されたんだろう?相当重要なものじゃないか?」
アースがそう言うとフェラルドはその手紙を渡しながらアースにこう聞き返した。
「開けてみるべき・・・ですかね?」
驚いて顔をあげるとフェラルドは答えを待っているかのようにアースの顔をのぞき込んでいた。
戸惑いながら一同の顔を見回すと皆アースの次の句を待っている。
「俺が決める・・・のか?」
エルヴァージュは当然というように頷いてみせた。
「少なくともその封書を開ける資格は私やケインにはないからな。それは人間の手紙だ。それをどう取り扱うかは君達が決める領分だ」
「俺は開けてみる事を勧めるね。あの騎士達がどうしてここに来たのか、どうして妖魔達に襲われたのかはそいつを見ればわかるって気がするぜ」
グレニーはエルヴァージュを横目で見ながらそう言った。
しかしそう言いながらもその言葉には第三者の立場に立ったような響きが含まれている。
「フェラルドは・・・どう思う?」
アースがそう尋ねると、フェラルドは驚いたように目を大きくさせた。
「ぼ、僕がですか?・・・その手紙が個人の封印じゃなくて騎士団の団章で封じてあるから、少なくとも私的な手紙じゃない とは思いますけど・・・」
この言葉にも手紙をどうするのかはアースにまかせているといった様子が感じられた。
困ってエリーシアの方を見ても彼女もアースの動向を見守っているだけだった。
「何をしているんだ?開けるのか?開けないのか?」
ドワーフのケインが苛立たしそうにアースをうながした。
仕方なくアースは封書を 開けてみる事にした。
「急ぎの用件にして慣例の如き挨拶、省かん事をお許し願いたい・・・」
アースはその手紙が貴族や騎士達の間で使われる上位共通語で書かれている事に戸惑いながら、父に習った古い記憶を頼りにたどたどしく文面を読み上げていった。
その手紙はどうやらローゲルファッツァ白銀騎士団の団長リズベルト=カークナイズからザガード王国の最も北の政都デリスの太守へとあてられたものらしく、その内容は恐ろしく重要なものだった。
その文面によれば、今まで散発的だった魔軍の進攻が最近本格化し、さらには小規模ながらもザオックの戦場を突破し、南のザガードへ進攻しようとする集団も出てきたという事だった。
その後文面は、デリスへの警戒の呼びかけとザガード国への参戦への要請を書き記していた。
「戦争が始まるっていうのか?」
アースが手紙を読み終え顔をあげると、皆一様に黙りこくり、不安げな様子でうつむいていた。
そしてグレニーのその一言を 合図にそろって顔を上げる。
「その様ですね。これ程重要な手紙とは 思いませんでした。・・・それで副騎士団長自ら使者として人に知られぬよう森を通って・・・」
「そして魔軍の奴等に襲われた・・・というわけか」
グレニーとフェラルドは2人暗い面持ちで顔を見合わせた。
その横にいるアースは、そんな2人を見て大変な事になったと思いはじめていた。
手紙を読む間は実感が持てなかった戦争という2文字が、皆の沈んだ顔、不安気な様子を見るうちにじわじわと現実味をおびてきたからだ。
つい先日までの平和な日々では考えもつかなかった事が、今実際に起こり、そして起きようとしている。
そんな予感とも危惧ともとれる感情がアース達を不安にさせていた。
「そんな、はずは、ない」
エルヴァージュが声をしぼり出すようにしてそう呟いた。
その声は聞こえるか聞こえないか程の小さな声だったが、しんと静まり返った夜の森の沈黙の中では耳元でささやかれたかと思う程近くに聞こえた。
「どういう意味だ?エルフの兄さん」
それを聞きとめたグレニーはとがめるようにエルヴァージュに聞きかえした。
「魔軍ごときがこの辺りをうろついているはずはない、と言いたかったのだ」
何か考え事をしていたエルヴァージュはグレニーにそう言われ驚いたように顔を上げ、自分の独り言に対しての問いだとわかると腹立たしそうに言葉をついだ。
「北のザオックからザガードへ抜けるにはどうしても残照の森
・・・君らが言う 『闇の森』を通らねばならない。
数人単位の敗残兵が迷い込んでいるのならまだしも、我らの森の中を魔軍が自由に行き来出来るはずがない」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「エルラ=ミルのエルフ達がそれを許さないからだ!」
エルヴァージュは明らかに動揺しているようだった。
今まで戦いの最中でさえも冷静な態度をくずさなかった彼が今では別人のように落ち着きなく、何か焦っているとさえ感じられる。
「エルヴァージュ、何か・・・その事で気にかかる事でもあるのかい?」
アースがそう問いかけるとエルヴァージユは驚いた様にアースの方を見た。
「い、いや・・・どうしてだ?」
「何か・・・焦っているように見えたからね」
エルヴァージュはゆっくりと一同の顔を見回して、気まずそうに口を閉じた。
何かに腹を立てているようだったが、それはアースが自分が語気荒く怒鳴ったことを指摘されて気分を害したというよりも、気を荒 だてた自分自身に対して許せないといった感じだった。
「エルヴァージュが怒鳴ったのも無理はないな。魔軍がこの辺りを自由にうろついていることを認めるというのは、エルラ=ミルの谷に何かあったと言うようなものだ」
ケインが突然口を開き話しはじめた。
最初、エルヴァージュがそれを止めようとしたが、ケインは首を振って話を続けた。
「俺達二人はこの前までラスティア公国へと旅に出ていた。しかし久しぶりに帰ってきてみるとこの始末だ。魔軍の奴等が平気でこの森をうろうろしている。実のところエルヴァージュが言ったようにこの辺一帯はエルラ=ミルのエルフ達が目を光らせているはずなんだ。エルヴァージュとしても気が気でないはずだ。 それに・・・」
「それに?」
「・・・それに、さっきの魔軍らしい奴らがあいつを・・・あの悪魔を連れていたんだ」
ケインは明らかに恐怖の表情を浮かべはきすてるようにその悪魔の名を言った。
「ラグナス・・・死の鎌ふるう四本腕のラグナスだ・・・」
エルヴァージュは沈欝な表情で森の闇を睨んでいた。
ケインは静かに燃える焚火をじっと見つめている。
そして、アース達は一様に驚きと恐怖の入り交じった目でケインが事の次第を語ろうとするのを見守っていた。