RISK - The Real Legend - 06
3.残照の谷の異変
一人のローブ姿の男が立っていた。顔には覗き目すらあいていない白い仮面をつけており、フードを真深にかぶっている。一見うらない師か魔法使いのようだが、その体格はローブの上から見たとしてもしっかりしたもので、その雰囲気は油断のない戦士のそれだった。彼は森の木立を抜け、残照の谷とエルフ達が呼ぶ谷へ入ろうとしたが、何を思ったか急にあたりを見回し足早に再び森の中へと戻っていった。
そしてそのローブ姿の男が去った後、ほどなくして奇妙な取り合わせの一行がその男が立っていた獣道に現われた。先頭に銀髪の若いエルフ、そしてその次に大地の子にしてエルフとは仲の悪い事で有名なドワーフ、その後には背格好まちまちな4人の人間の男女が続いた。皆一様に押し黙り、神経をとがらせている。その先頭のエルフが谷の入り口に差しかかると失意もあらわにこう叫んだ。
「谷が・・・残照の谷が無い!」
エルフはがっくりと肩を落とし、他の5人はそんなエルフにかける言葉もなく気まずく立ち尽くしていた。
「ラヴィス・・・エルヴァージュ・ラヴィスか」
遠くの影でその6人を見守っていた先程のローブ姿の男は、そうつぶやくとその場を去り、森の中へと消えていった。そのたなびくローブが木立に隠れ見えなくなった頃、6人の冒険者達は再び谷の方へと進み始めようとしていた。
アースは闇の森を北へと進んでいた。本来の目的に立ち帰ってみれば、それは別に悪くない道の取り方のようにも見えた。父ラムダの消息を尋ねるには自分の生まれ故郷・・・そして父が騎士として剣を奉じていたザオックへ進むのが最良の道と思っていたからだ。だが今アースの歩む道は闇の森を北へ抜け果てはザオックの首都ジェルスにへと続く間道ではなく、エルフ達の住 まう秘谷エルラ=ミルにへと続く獣道だった。一緒に旅する仲間も、エリーシアやケールで知り合ったグレニー、フェラルドに一時的にしろエルフのエルヴァージュとドワーフのケインが加わり。6人となっている。
すべてが、すべてが変化していた。
始めは16年前に行方不明になった父を探す、ただそれだけの旅だった。しかし今アースの頭の中に渦巻く問題は、アース一人ではどうしようもない重大なものばかりだ。ザオック国騎士団の使節がつい先日魔軍らしき者達に襲われたこと。その生き残りに騎士団団長からザガード国にあてた手紙を託されたこと。騎士団の副団長らしき人物が魔軍に捕われたらしいこと。そして 何より使節を襲った魔軍の中にあの悪魔・・・ラグナスがいたという事実。そして、それだけでも手に余るというのに、さらにエルフ達の谷エルラ=ミルが魔軍に・・・あの悪魔ラグナスに襲われたかもしれないというのだ。アースはまるで夢の中にでもいるかのように頭がボーッとなり深く考える事が出来ずこの2日間を過ごしていた・・・。
「ラグナス?」
アースはあの時、ケインにただそう聞き返した。その名の意味する事を恐れるかのように。
「ダルス=カーツ=ラグナス。死と暗黒、
地獄の業火より生まれ出でる妖魔ラグナスだ」
ケインは重々しくアースに答えた。エルヴァージュも話すことを決心したのかゆっくりと話しだす。
「騎士団の一行が魔軍に襲われている時、始めは騎士達が優勢に見えた。黄金の鎧をつけた男が上手く部下を指揮していたからな。ケインと私が駆け付けた時にも騎士達にはたいした被害もなく多くのゴブリンやオークといった妖魔達の死体が転がっているだけだった。しかしその後・・・闇騎士
達と2人の魔法使い、そしてあの妖魔ラグナスが現われたのだ」
・・・ラグナス。アースはその名を幼い頃幾度となく聞かされていた。大人達が子供を怖がらせようという時、ケールやその週辺のディール地方の南西に広がるテストリカン砂漠に300年前に現われたその死神は オアシスにも点在した人間達の集落を次々に襲いテストリカンを死の砂漠と呼ばしめたのだ。しかし時の国王の軍隊をも死滅させ、王国を恐怖のどん底に落としめたその死神も、一人の人間の古代魔術師により倒されたとされる。
「相手が闇騎士程度なら騎士達でも充分闘えただろう。しかし魔法によらぬ刃を受けず、傷をうけても黒き炎をもって絶え間なく再生を繰り返すというあの化け物が相手では・・・」
そしてエルヴァージュはさらに話を続けた。彼の話によるとここ闇の森は古
からエルヴァージュ達エルラ=ミルのエルフ達により陰ながら守られ、監視され続けてきた「守りの森」の1つということだった。大陸広といえどエルフ達が「守りの森」として他者の侵入を拒む地域は数少なく、エルヴァージュですらここ闇の森ほど広範囲の森が「守りの森」として長く閉ざされているのは他にそうないと言い切る程重要な森だそうだ。
「私は帰らなければならない。いくら相手がラグナスとは言え後ろを見せたからにはいつかかりを返さなければならないが、今はまずエルラ=ミルだ・・・」
エルヴァージュの物言いの裏にアースは悲壮な決心を見た気がした。魔軍が騎士団の使節を襲った時、森を守るべきエルフ達が姿を見せないという事は、誰の目から見てもエルラ=ミルに何かあったとしか言いようがない。その事実を認めた上での言葉だった。
「俺達も・・・一緒に行っていいかい?力になれるかどうかは分からないけれど・・・その時、アースの口からアース自身にとっても驚くべき言葉がもれていた。自分の目的、そして最後まで生き残った騎士から密書を託されているという現状から考えるとそのどれにもそぐわぬ言動のように思え た。しかし、言い終わってからアースは最も正しい選択をしたのだという気分になっていた。少なくともアースの心はそれを認めていた。そして、弁解するように「俺達」に含まれる他の三人の方を振り返った時、その思いは確信に変わった。そこには仲間達の、あきれたようで、それでいて少し誇らしげな苦笑があった。この事で、またグレニーに愚痴を言われるな、と思いながら、アースは力強く繰り返し言った。
「一緒に、エルラ=ミルへ、行ってもいいかい?」
その時のエルヴァージュの顔に驚きと戸惑い、そして少しばかりの喜びが浮かんでいたのをアースは思い出していた。そしてエルヴァージュは、ケインと顔を見合わせ、少しためらうと、ふせがちにこう言ったのだ。
「・・・すまない。恩に切る・・・」
「それにしてもアース、アースにしちゃいい判断だったよな?」
最後尾を進むグレニーに話しかけられ、アースは慌てて振り向いた。
「えっ何が?」
「何がって、エルラ=ミルに行くってあの時言った事だよ」
グレニーは意地悪っぽくアースに笑いかけた。その顔を見たときアースは再び、あの時愚痴を言われると思ったのに間違いはなかった、と痛感した。
アース達はあの後朝が明けるとすぐにエルヴァージュの案内でエルラ=ミルを目指し、闇の森を北へと進みはじめた。木々が生い茂り、方向感覚を狂わせるかのように乱立する大樹の中を丸一日かけて進み、今日で二日目の朝を迎えていた。それでもエルヴァージュのおかげで木々の迷路とも呼ばれる闇の森を迷うことなく駆け抜け、すでにエルラ=ミルとは目と鼻の先とも呼べる所まで距離をかせいでいる。通常なら4日はかかる行程を1日と少しで行けたのも案内人がこの森に200年近く住む森の妖精族エルフであった事につきた。
「まあ、これだけ深刻な状況っていうのによくもあれだけ躊躇なく『エルラ=ミルへ行こう」なんて言えたもんだ。お人好しも度が越すと感心させられるぜ」
グレニーはそう言いながらも周囲に注意を払い、油断なく殿を勤めている。それでもいつ魔軍とはち会わせするか分からぬと神経をぴりぴりさせているアース達の気を紛らそうとしているのか声の調子は場に合わぬ程明るい。
「そう言う程でも無いんじゃないかな?」
他の5人・・・考え事をしていたアースを除くと4人・・・と違って周囲にそれ程注意を払わずいつものように落ち着いて歩みを進めていたフェラルドが助け船とも言わんばかりに口を開いた。
「あの状況では冷静に考えても最も懸命な選択だったと思うよ。あのまま二人と分れてザオックのジェルスを目指すのも、密書をデリスの太守に渡すのも4人で魔軍の連中と戦う危険を考えたら取るべき方法じゃない。ジェルスに行くにも闇の森を進まなきゃならないし、またデリスの太守へ密書を届けても内容が内容だけに名もない僕らじゃ相手にしてくれたか疑問だしね。エルヴァージュもケインも戦い馴れしてて頼もしいしひとまず6人でエルラ=ミルへ行ってそれから次の事を考えるっていうこの方法が一番だと思うよ」
「アースは自分の心に正直に言ったのよ。それ程頭で割り切って考えられるアースじゃないものね」
フェラルドの後をエリーシアがにっこり微笑んで言葉を継いだ。その笑いが何を意味するにせよ、久しぶりにエリーシアの笑顔を見たアースは今まで思い悩んでいた苦しみが少しだけ晴れた気がした。
「人をほめる時はそれらしく言ってくれよ。せっかくフェラルドが立ててくれたのにエリスがそれじゃあ立つ瀬がない」
「ほめたつもりは無いわ。 そのまま言っただけ。私も正直なのよ」
「こりゃあ俺よりもエリスのほうがきついな。俺もそこまでは言ってないぜ」
グレニーがおどけてみせるとさらに場の雰囲気が和み、ここ数日いかに気を張り詰めていたかが分かる気がした。 そんな穏やかな気分が伝わったのか、少し離れて先を急ぐエルフとドワーフの残りの2人の仲間が歩みを止めて4人がくるのを待つかのように振り返った。
「もうすぐ谷の入り口だ。疲れているかもしれないが、よろしく頼む」
そんなエルヴァージュの表情は厳しいながらも、どこか親しい友人に向ける励ましのようなものを感じさせるものだった。アースはそれを見て、自分の選択は決して間違っていない、と誇れるような気分になっていた。
「誰もいない。まるで別の森にでも来た様だ」
エルヴァージュがそうつぶやいて再び進みはじめた。
「気をつけて欲しい。いつもならここまで谷に近づけば誰かが出迎えてくれるはずだが・・・どうもおかしい」
「出迎えが魔軍じゃないことを祈るぜ」
少し無粋な軽口をたたいてグレニーは周りを見回したが、その顔には先程までのおどけた様子はかけらも見えず再び極度に集中した油断ない顔つきになっている。
「魔軍が谷に入る奴を待ち伏せするんだったらこの辺りだろうからな」
アースもそれにうなずくと改めて剣の柄を確かめた。谷の入り口まではもうすぐのはずであった。
「この木立を抜ければ谷の入り口だ・・・」
うっそうと茂った木立を抜けると、急に視界が広がり眼下に渓流に沿った深い谷間が一望できた。しかしその谷間のどこにもエルフ達の集落らしき場所は見えず、さらに今まで通ってきた獣道さえもアース達の目の前で終わっており、あたりは人が通るのを拒むかのように下草が生い茂っていた。
「どこに君の仲間は住んでいるんだ?」
アースがエルヴァージュに問いかけようとエルヴァージュの方を見ると、エルヴァージュは目を見開いて谷間を凝視していた。
「谷が・・・残照の谷がない!」
エルヴァージュは失意のあまりうちふるえた声をのどからしぼり出していた。