RISK - The Real Legend - 07
「明らかに何等かの魔法がこの辺り一帯に影響を及ぼしていますね」
フェラルドが、一連の動作と低く呟く呪文により《魔眼》の呪文を完成させた後、一番最初に口に出した言葉がそれだった。
「恐ろしく強力な魔法です。これだけ広範囲に、これだけ完璧な効果を実現させるとは・・・。人間業とは思えませんね」
「獣道が途切れた所から魔法がかかっているんだな?」
ケインは気味悪そうに手に持つ両刃斧で足元の下草をなぎ払った。
「こいつは自然の・・・草なのか?」
「違う・・・断じてな。精霊によらない植物など存在するはずがない」
エルヴァージュはケインの問いかけに感情のこもっていない抑揚のない声で答えた。まだ先程の衝撃から立ち直りきれていないのだろう。目は空ろに木々の間から垣間見れる谷の方を見つめている。
「とにかく下に降りてみようぜ」
グレニーは回りくどい話し合いはもうたくさんだと言わんばかりに投げ遣りに皆を促し、気味悪そうに周囲の木々を見回してから、先頭をきって進みはじめた。
「グレニー、ここにかかっている魔法が安全かどうか分からない内に先へ行くのは・・・」
フェラルドが情けない声をあげて慌てて止めようとすると、グレニーは腹立たしげに振り返った。
「ここにいたって何も分かりゃしないだろう?」
アース自身も事の真相を知るには動かなければと思っていた点ではグレニーの意見に賛成だが、エルヴァージュにもフェラルドにも分からない魔法がかかった谷へと足を踏みいれるの事には抵抗を感じていた。
「エルヴァージュ、どうする?」
先へ進もうとするグレニーの背を見ながらアースは意見を求めて一番後ろにいるエルヴァージュを仰ぎ見た。
「とにかく・・・」
エルヴァージュは声を振り絞るようにして一声呟き、その後一呼吸間を置いた。その声は今までと様子が違いはっきりとした
力強いものだったため、途切れた獣道の先へ足を踏み出そうとしていたグレニーでさえ立ち止まって振り向いた。
「先へは進むべきだ、どんな危険が待ち構えていようと、な」
「それじゃあ・・・」
慌ててフェラルドが反対しようと口を開きかけると、エルヴァージュは鋭い視線でそれを制し、さらに後を続けた。
「ただし、行くのは私一人でいい。皆はここで待っていてくれ」
エルヴァージュはそう言い切るともう誰の顔も見ようとせず、足早に坂道を下って獣道が途切れた所で立ち止まっていたグレニーの横をすれ違った。
「エ、エルヴァージュ・・・」
アースはエルヴァージュを止めようと声を掛けたが、エルヴァージュの背は一切の制止の言葉を拒んでいた。
「お、おい、俺達も行くぜ。な、なあアース」
グレニーが戸惑いながらも声を掛け、同意を求めて振り返った。少し距離を置いた場所に立っていた他の者は、そんなエルヴァージュに追い付こうと慌てて歩きだした。
「一人でなんて無茶ですよ」
谷に降りる坂の斜面をエルフらしく軽やかに下るエルヴァージュの背にフェラルドが力なく呼び掛ける。
そんなフェラルドやグレニーの立つ場所に、アース達がやっと追い付いた。先へと急ぐエルヴァージュの姿を追いながら、得体の知れない魔法の結界へと踏み込む勇気を振り絞るためにわざとアースは皆に声を掛けた。
「俺達も行こう」
皆がうなずいた。
アース達は意を決して谷への道を下りはじめた。
しかし、そこで、二つの出来事が同時に起こった。
アース達の背後に突然現れた人影に最初に気付いたのは一番後ろにいたエリーシアだった。エリーシアは人の気配を感じて何気なく振り返り、その人物を発見した。
「誰?」
薄汚れたローブを身に纏ったその人物は、顔に白い仮面のような物を付けており、覗き穴すらないその仮面のせいで、エリーシアにはその性別はおろか人間かすら判断が出来なかった。
その得体の知れない人物が何か叫びながら自分達の方へと近づいて来る。
その光景を目にしたエリーシアの頭の中にまず浮かんだのは、残照の谷の周囲に魔軍が潜んでいると話し合っていたアース達の姿と、敵には恐ろしい魔法使いがいると真顔で話していたケインの顔だった。
エリーシアは、恐慌で混乱しながら、身近で最も頼れる者の名を必死で叫んでいた。
一方、アースはエリーシアが後ろを振り返ろうとしたその時、自分達が追っているエルヴァージュの後ろ姿が妙に歪んで見え始めた事に気付いていた。エルヴァージュとの距離がそれ程開いているはずは無かったが、その姿は妙に揺らめき、ぼやけて見える。まず自分の目を疑ってみたが、次の 瞬間、エルヴァージュの後ろ姿は間違いなく大きく揺らめき、そしてアースの視界から消え失せた。
「エルヴァージュ!」
ケインが叫んでいた。
しかし、同時にアースは後ろにいるエリーシアの悲鳴に似た叫び声も耳にした。名を呼ばれて慌てて振り向いたアースは、そこに見慣れぬローブ姿の男を認めると、わけの分からぬまま剣を抜き、ローブ姿の男に向かって身構えた。
「フェティエス=ラーバス、ラヴィス!」男は、何語か分からぬ声で叫んでおり、アース達の方へと近づいて来る。
一瞬、状況を理解しようと考えをめぐらし、次にアースは、無意識の内に剣を男の方へと突き出していた。エリーシアの横を跳んで大きく踏み込み、得意の鋭い突きを放つ。
男が口にした言葉がどんな魔法を具現化させるものでも、魔法を使う相手に対し剣士の出来る反撃は、その魔法が発現する前に素早く攻撃する、その一手だけだった。不意を打った攻撃で、会心の踏み込み、抜群の間合い。剣は男の胸に一直線に伸びていった。
剣と剣とがぶつかりあう鋭い音、手首の鈍い痛み。
「落ち着け!敵ではない」
アースは、仮面の男が素早く懐から小剣を出し、巧みに操ってアースの突きを受け流すのを目にしていた。取って返す小剣の柄で、アースの手首を打ち据える。不意の反撃に剣を取り落としそうになったアースは、慌てて男と間合いを取った。
アースの横には用心深く剣を構えたグレニーと腰だめに両刃斧を構えたケインが駆けつけていた。
「俺は敵ではない」
男はこちらを落ち着かせようとしているのか、ゆっくりとした口調で同じ事をもう一度言い、小剣をローブの下に収めた。
「争いよりもまずラヴィス・・・消えたエルフの後を追え。話はその後だ」
アースはその言葉を信用して良いのか判断しかね、男を牽制するように剣を正眼に構えた。
「おまえは何者だ」
男は小剣を収め、素手になっているにもかかわらず、アースが剣を突きつけても動じる様子が無い。
「敵では、ない」
「アース!わしはこいつよりエルヴァージュの方が気になるぞぃ」
しきりに後ろを気にし、エルヴァージュの消えたあたりに目をやっているケインは、仮面の男を睨みつけながらそう叫んだ。
「ケインの言うとおりです。エルヴァージュに何かあったのかもしれません」
少し離れて樫の杖を構えるフェラルドも、エルヴァージュの事が優先と判断したらしい。
「ケイン、ケインが会った魔軍の魔術師じゃないんだな」
念を押すとケインは無言でうなずいた。
「フェラルド!ケイン!エルヴァージュの後を追ってくれ!」
アースとしても目の前でかき消えたエルヴァージュの身に不安が無いといえば嘘になるが、かといって目の前の男に背を向けるような事はしたくなかった。
「引き受けた!」
ケインは待っていたと言わんばかりに両刃斧を肩に担ぎあげ、谷の方へと走り出した。フェラルドもその後を行く。
「魔法使い!エルフの消えた辺りに出来るだけ強い解呪の術をぶつけろ!」
白い仮面の男は突然そう叫んだ。
「ほんの数瞬結界がゆるむはずだ。エルフがいたら力ずくで引きずり出せ!」
その声を聞いたフェラルドは一瞬躊躇したが、仮面の男の方にちらりと目をやり薄く微笑むと、声高らかに呪文を詠唱した。
「フォクナ=ディオーズ、レル=カズィール!自らの意思をもって自らの姿をなせ!カルデアス=ナゼーム!!」
アースの背後で一瞬光が走り、ケインの気合の入った声が聞こえると、辺りを数瞬沈黙の静けさが襲った。そして、その次に、アースは背中でケインの叫び声を聞いた。
「無事か!エルヴァージュ!」
「もう剣を下ろしてもいいのでは?」
アースは地面に横たえられたエルヴァージュにエリーシアが神聖魔術をかけているのを茫然として見ていたが、白い仮面の男にそう言われ、まだ手に握り締めたままの長剣とその男の無表情な仮面を見比べた。
「それともまだ信じてもらえないのかな?」
「信じろって言われて信じてりゃ命がいくつあっても足りねえが、まぁ、味方じゃなくとも敵じゃあ無いってのは認めていいんじゃねえか?アース」
グレニーが剣を収めながら近寄って来る。
「・・・そうだな」
アースはまだ釈然としていなかったが、とにかく、剣を収める事にした。
「礼を・・・言わなければなりませんね。 あの・・・」
名前を言えずに困っていると、仮面の男はそれを察して言葉を継いだ。
「名前か?自己紹介はこの谷を出てからにした方がいいだろう。この手の結界は長く入っていればいるほど、先に進めば進むほど抜けるのが難しくなるからな」
そう言って仮面の男は皆に背を向け、坂道を上り始めた。
「そう、名前は・・・ヴェルジレットとでも呼んでくれ」
思い出したように振り返ってそう言うと、その男は早く谷を出るよう皆を促した。