RISK - The Real Legend - 08
4.二人の英雄
谷を出ると知らぬ間に日は傾き、背中越しに山並みの間へと沈んでいこうとしていた。その赤い光を横顔に受け、ヴェルジレットはアース達の方を向いて静かにたたずんでいる。アースは抱えてきたエルヴァージュをそっと地面に降ろすと、彼と同じく黙って立ち尽くしていた。耳に入るのは林の中からの鳥の声、そしてエリーシアの天空神への祈りの言葉だけだった。
「思ったよりいいようだわ。精神的に消耗しているけど・・・。すぐに気がつくはずよ」
うっすらと光を帯びた右手をエルヴァージュの額にあてていたエリーシアは、呪文が終わるとゆっくりと立ち上がった。
「一時はどうなるかと思ったぜ。目の前で陽炎みたいに消えちまうんだからな」
グレニーは止めていた息をすべて吐き出すかのようなため息をついたが、その顔にはいつものように引きつった笑いを浮かべている。
「もう少し遅ければ引き戻せなかったかもしれませんね。この点ではヴェルジレットさんには感謝ですね」
フェラルドがそう言ってヴェルジレットの方を振りかえると、皆の視線がその仮面の男に集まった。
「大した事ではない。そのエルフとは全くの他人、という訳でもないからな」
ヴェルジレットは背後の木に背を預けると、皆の視線を避けるようにうつむき、その白い仮面を半ば深いフードに隠してしまった。
「やはり知っておったのか。先程もラヴィス、とエルヴァージュの先名を呼んでおったからな」
いままで黙っていたケインは、背負うようにつけている両刃の斧を片手で押さえながら立ち上がると、急にヴェルジレットの方を振り向き、その顔をまっすぐと見据えた。
「お前さん、なにものじゃ?」
背の丈ではヴェルジレットの腰ほどの高さしかないケインだったが、そのたくましい体躯と鋭い眼力は、相手を威圧するには十分なものだった。
「もしかしてエルフ・・・じゃないわよね。耳も長くないし・・・」
エリーシアは無邪気に口を開いたが、真剣なケインの表情をみて、申し訳なさそうに口を閉ざした。
「エルフではない」
ヴェルジレットはやっと口を開き、ゆっくりと顔の仮面に手を伸ばした。
「見ての通りのただの旅の者だ。昔はこの谷も幾度か訪れたこともある。久しぶりに訪ねたとき、偶然あの場面に出くわしただけだ」
そう言いながら取った仮面の下から現れたのは、確かにエルフではなく人間のものだった。
その仮面の下の顔は、自慢こそすれ隠す必要の無い、端正で本人の意志の強さを表すかのようなどちらかといえば見目に美しいという類の顔立ちだった。灰の髪と灰の瞳は普通みるくすんだ色ではなく、黒か銀に近い一種独特の輝きのようなものを帯びており、宮廷の貴族か領主かといった何か不思議と高貴な感じを与えている。
「訳あってあまり生い立ちなどは話せない。ただ、この谷のエルフとは懇意にしていたと思ってくれ」
ケインはその言葉にも不服そうに見返したが、アースの方をちらりと一瞥すると、後は任せるとばかりに口をへの字に曲げて黙り込んだ。アースも気まずい雰囲気の中周りに助けを求めたが、エリーシアもフェラルドもた状況を見守っているだけで、グレニーにいたっては知らぬふりをしながら、周囲にそれとなく注意を払っている様子だった。
仕方なく、アースは気になっていた事を、仮面をつけなおしているヴェルジレットに向かって問いかけることにした。
「それで、谷がどうなったのかご存じではないですか?」
「俺もつい先程ここについたばかりだ。結界もこれは・・・始源魔術でもなければ精霊魔術によるものでもない。まして神聖魔術でもな。暗黒魔術か禁忌系か・・・とにかく、エルラ=ミルになにか重大な事が起こったということは確かだろう」
ヴェルジレットが沈鬱にそう言うと、皆一様に夕闇の中に沈んでいく谷の方を振り返った。少し離れて見下ろす残照の谷はどこを見ても周囲の風景と変わりなく、ただ、周りの林と違って生き物の声すらなく、無気味に沈黙を守っていた。
「エルヴァージュ!!」
ただ一人エルヴァージュの方を見守っていたケインがそう叫ぶのを耳にし、慌てて振り向くと、エルヴァージュが頭を押さえながら起き上がろうとしている所だった。
「一体、どうしたんだ・・・」
頭を振りながらいぶかしげに周りを見回したエルヴァージュの目にとまったのは、見慣れぬ仮面の男だった。
「誰だ、その男は」
警戒心を顕にしたその声を聞きつけ、フェラルドが慌てて口をだした。
「この方に助けてもらったんですよ、エルヴァージュが結界に捕らわれそうになった所をね。このヴェルジレットさんはあなたを知っていると言われたのですが」
「“閃光”などという通り名の人間に知人はいない。いったい何者だ!」
エルヴァージュは谷へと駆け下りる時の激情をいまだに引きずり、声も荒くヴェルジレットに詰め寄ろうとした。しかし横にいたケインが落ち着かせる様にゆっくりとエルヴァージュの二の腕に手を置くと、エルヴァージュはちらりとケインの方を見やって、うなずくような仕草をしてみせた。
「・・・失礼した。この周辺には最近怪しい者達が出没している。できれば貴殿の素性を明かしていただきたい」
辛うじてつかみかかるまではいかなかったものの、エルヴァージュは疑心に満ちた表情でヴェルジレットを睨みつけていた。
「灰色だ。ラヴィスの若きエルフよ」
ヴェルジレットはそう言うとまた仮面を取り、冷静を欠くエルヴァージュと対照的に静かにエルヴァージュを見返した。
「灰色・・・灰色の剣匠!なぜあなたがここに・・・」
急に今までとは違う口調で声をあげたエルヴァージュの方をみると、今まで気を荒立てていたのが嘘のように、驚愕の表情で男の顔に見入るエルヴァージュの姿がそこにあった。
「エルヴァージュ、知っているのか?」
ケインがいぶかしげに尋ねると、エルヴァージュは信じられぬとでも言いたげに、ケインを見返した。
「知らないのか?灰色の剣匠を?彼は・・・」
彼が説明しようとヴェルジレットの方に手を向けると、ヴェルジレットが静かながらも有無を言わせぬ口調でエルヴァージュを制した。
「ただの古い友人、それだけだ」
エルヴァージュとヴェルジレットとの間に、一瞬沈黙が訪れた。
「今の俺は、ヴェルジレットという名の一旅人に過ぎん」
その一言ですべてを納得したかのように、エルヴァージュはゆっくりうなずき、今度は皆の方へ顔を向けた。
「この方は、昔から残照の谷を幾度か訪れていた私達の古い知人だ。今は・・・昔突然姿を消した親友を捜す旅に出ていると聞 ていた。信用に値する人物だ」
いままで、怒りと焦りで突っかかるように喋っていたエルヴァージュが、いつもの冷静さを取り戻しつつあった。彼は、皆が見守る中、体についた泥を軽く払い、ゆるめられていた襟を正すと、少し顔を赤らめながら話を続けた。
「見苦しい所を見せてしまった。怒りや焦りといった激しい感情は、森の妖精族には似合わぬものだというのに。・・・考えてみれば、いま成すべきことは、消えた谷について嘆くことより、どうすれば谷を元に戻せるかを探ることなはずだ。せっかく、君達にも残照の谷までついてきてもらったというのに、な」
エルヴァージュはそこまで言うとゆっくりと谷の方へと顔を向けた。
「魔術によって谷を消されたのならば魔法でその術を無効にするだけだ。それが出来ぬならその術者を探し出すまでだ」
エルヴァージュの視線の先には夕闇に完全に飲まれた残照の谷があった。闇は静かに忍び寄り、いつの間にかアース達の周りを取り囲み、互いの顔すらはっきり見えないほどの暗さとなっている。知らぬ間に日は西の地平線の彼方に沈み、その周囲の空だけが茜色の残照を帯びていた。
「火でも、起こすか?こう暗くっちゃ話も出来ないぜ」
皆が一応に押し黙って谷を見つめるなか、グレニーがぽつりと呟いた。
アースは皆を見回して、ゆっくりうなずいた。
この残照の谷を囲む闇の森は、昼すら光を通さぬほど木々が密生している事からその名がついたという。上を見上げれば、太い枝や多くの葉が重ね合わさり、頭上のほとんどを覆い隠している。その中の数少ない隙間から、夜空に霞む下弦の月が、アース達のいる大木の下へと淡い光を投げかけている。
アース達は、グレニーのつけてくれた焚き火を囲み、思い思いの場所に腰を落ち着けていた。エルヴァージュは、ヴェルジレットを相手に話を続け、アース達と会った時の魔軍との戦いから谷へ着くまでの話を一部始終語っていた。よほど信頼出来る人物なのか、いつもは慎重なエルヴァージュが、騎士団の密書から4本腕の妖魔の事まで説明をし、今は、黙り込んで考えを巡らしているヴェルジレットを静かに見守っている。
「ついに動きだしたか」
長い沈黙の後、ヴェルジレットが口を開いた。
「魔軍との戦いが再び始まったのが10年前、今までセミスト青竜公国とドルネスとの国境付近を主戦場として散発的な戦闘しか起きなかったが・・・。ここ数年ザオックへの侵攻も小規模ながら続いていたしな。あれだけの犠牲を払ってグラオスを封じたというのに、魔軍の規模は殆ど変わっていない。・・・今度は南へと進むつもりか」
仮面を外したままのヴェルジレットの顔には、なぜか遠い昔の事を思い起こしながら、その記憶の苦痛に耐える厳しいものが浮かんでいた。
「エルヴァージュの言った魔軍の一団をこのまま放っておく訳にはいかないな」
ヴェルジレットはそう言うと再び黙り込んでしまった。
「しかし、残照の谷を見捨てることは出来ない」
しばらくの間を置き、エルヴァージュが声を絞り出すようにしてそう断言した。自分が生まれ育った故郷が、陽炎のように魔法の木々の中に消えたと知った時、人はどれだけの衝撃を味わい、どれだけ深い悲しみを感じるのだろうか。唇の色が真っ白になるほど唇を噛んでうつむいているエルヴァージュを見ながら、アースは自分の事のように改めて谷が消えたという事実に驚きを感じていた。
「青竜、って青い竜のことだよな」
皆が黙って焚き火を見つめる中、突然グレニーが静かに呟いた。
「そうですね、偉大なる古竜カーム=グロウのことですよ。200年近く前にセミスト興国王ジゼル=ナ=ターブが呼び起こした齢3千5百を超すという古竜で、人語を解し魔法を操る雷の化身ともうたわれるセミスト公国の守り神ですよ」
フェラルドがグレニーに向かって静かにそう答える。
「その竜を含め、今は4匹の竜がセミストの空を舞っている。おかげで魔軍の侵攻を長年にわたって食い止めていられるのだがな」
ヴェルジレットがそう答えると、グレニーは何か考え深げにぼそりと呟いた。
「もし、魔軍が攻め込んできたときザガードにも竜がいれば、皆が助かるだろうな」
「どういう意味だい?」
アースはグレニーが何を言いたいのか理解できず、思わずそう聞き返していた。
「隠すつもりは別になかったんだ、ただ、あいつが・・・いや、信じちゃもらえないとは思うが・・・」
グレニーはそう言いながらこの旅立ちの原因となったデュレイナス島での冒険を思い起こしていた。竜の住まう島、古の狂気の魔術師の宝、救世の英雄との出会い・・・。 グレニーは今なら、皆にこの話をしてもいいのではと自分を納得させていた。
「今から話すのは、1ヶ月前、俺が傭兵家業最後にやった仕事の時の話だ。あんまり突拍子もなくって、信じれないかも知れないが、まあ、聞き流してくれ」
グレニーは、揺らめく焚き火の火に昔の影が薄く木々の間に影を映しているのを見つめながら、少しずつ、思い出すようにその話を始めた。
「一人の男が俺達の酒場に入ってきたんだ、名はギャリオット、そしてそいつが俺にこう言ったんだ、『青竜の島へ一緒にいってくれ』ってな。知っているかもしれないが、ザガードの南の海には、100年間に狂った魔術師が住みついたデュレイナス島って島がある。そこにある宝を取りにいくってんだ」
皆は一応に黙り、淡々と話すグレニーの方をじっと見つめていた。今まで、谷の事を憂い、思い詰めていたエルヴァージュすら、興味深げに聞き入っている。アースにとってみれば、竜がいれば、と言ったグレニーの一言は、セミスト公国のカーム=グロウの事を思うと絶望的な現状にさした一筋の光明のようにも感じられた。
「・・・散々苦労させられたよ。島の上を旋回している竜の目を盗んでなんとか島に着いたのはよかったんだがその後の魔術師の迷宮がいやらしくてな。魔物はギャリオットが見事に倒してはいたが罠がくさるほどかけてあるわ見たこともないような魔物に挟み討ちにされるわで、本当に死ぬかと思ったよ。・・・そして、 ずたぼろの状態で行き着いた最後の部屋で、竜に会ったんだ。恐ろしくでかい、青い竜だった」
固唾をのんで聞き入る皆の真剣な様子に気付いたのか、グレニーは急に一息ついて、周りを見回した。
「こんな話をしている場合じゃなかったな」
「いや、先を聞かせてくれ」
ヴェルジレットがそう言うと皆の顔を見ながらエリーシアも嬉しそうに同意した。
「そうよ、ここまで話しといて終わり、は無いわ。気になって眠れないじゃない」
グレニーはその言葉に苦笑し、頭を何回か掻く素振りを見せたが、決心したように再び話しはじめた。
「そこには、宝の山の上にその巨体を休めた青竜がいたんだ。そいつは、俺達を見つけると、急に翼をはためかせて舞い上がって、息を大きく吸った・・・終わりだ、と思った。竜の「息」については色々聞いていたからな。しかし、そこでギャリオットは、竜の前に進み出ると、剣を胸の前に構えて何か訳のわからない言葉で竜に話し掛けたんだ。すると、竜も似たような言葉で答え、ゆっくりと宝の山の上に下り立ったのさ。・・・それから、ギャリオットと青竜との戦いが始まったんだ」
「静竜の礼か」
話の間を置き、腰の水袋に手を伸ばしたグレニーを見つめながら、ヴェルジレットがそう呟いた。
「古からの騎士達の礼法として、竜に対してだけ行われる形がある。刃をもって傷をなさず、切っ先をもって刺し貫くを禁とする。この礼を知るものならば、相当の使い手だろう」
「人一人、剣一本で竜に挑むじゃと?人間のすることには理解できんのう」
ケインがそう言うとフェラルドがおもしろそうに聞き返した。
「あなたがたの種族の英雄ドロスも、斧一本で黒竜に挑み、見事討ち果たして雷斧を手に入れたんじゃなかったんですか」
「ドワーフならば分かる」
「・・・それで、どうなったんだい」
アースが促すと、グレニーは赤い果実酒のついた口をぬぐいながら先を続けた。
「結局、ずたぼろになったのはギャリオットで、無傷の竜だけが残った。今まで 散々打ち合っていた二人・・・いや、剣士と竜が、急に戦いを止めると、ギャリオットが倒れこんだのさ。俺はギャリオットがやられたと思って、ギャリオットの所に駆けつけると、竜が何か呪文を発して、俺達二人ともが白い光に包まれたんだ」
「呪文!呪文すら使うほどの竜なのか?」
ヴェルジレットは驚いたように聞き返した。
「その呪文をくらってどうしてお前さんがここにいるんじゃい」
ケインがいぶかしげに聞くと、グレニーはもったいぶったような表情を見せた。
「まあまあ、人の話は最後まで聞けよ。その呪文ってのは、治癒の呪文・・・そう、エリーシアが使うような回復系の呪文だったのさ。話を聞けば、戦いに勝ったのはギャリオットの方で、竜が負けを認めたって事だった」
グレニーが一息付くと、ヴェルジレットが信じられぬとでもいいたげに首を振った。
「治癒の呪文を使えるほどの竜を静竜の礼で屈伏させるほどの剣士がいようとは・・・」
「信じられないかもしれねえが、事実さこれまた信じられないような話だが、ここまで話したんならもう言っちまうぜ。そいつは、ギャリオットは、過去の記憶を無くして、25年近く、年を取らないまま、自分の過去を求めて放浪してきたと自分の事を話してくれた。この無謀な冒険も、狂った魔術師が持っていたと言われる魔法の工芸品で、記憶を取り戻すためにやったってな」
グレニーが、何か言いたげに視線を宙に漂わすと、フェラルドが助け船と言わんばかりに一言呟いた。
「過去と未来二つながらに見守る青き像、『双頭の智竜の像』」
「そう、その智竜の像さ。フェラルドには話したが、俺は間違ってその像に付いている青水晶の玉を覗き込んじまったんだ。その像に付いている青水晶の玉は片方が未来、もう一方が過去を見れる玉らしい。俺はその未来の方、ギャリオットは過去の方を覗き込んだんだ」
そこまで一気にまくしたてると、グレニーはおもむろに水袋の果実酒を口に流し込んだ。
皆は信じられないといった表情でグレニーを見守り、その次の一言を待っていた。
「俺は自分の未来を一瞬垣間見た。いろんな人の顔、いろんな場所、塔、化け物・・・。考えれば、ここにいる皆はその時見ていたのかもな。いや、そういえば、確かに見ていた。アースも、エリーシアも、ケインも、エルヴァージュも・・・。 ヴェルジレットも、確かにいた。そうさ、思い出した、確かに見たぜ」
グレニーは、わだかまっていた心の靄が、少し晴れた様に思えた。おぼろげだった未来の記憶が、ほんの少しではあるが、現実とつながったのだ。自然と笑みが浮かび、フェラルドに片目をつぶって見せたい衝動に駆られた。
「その話だと、その未来の事を、あまり覚えていないのかい?」
アースはそんなグレニーの様子を見て未だ信じられぬまま、ゆっくりと聞き返した。
「ああ、残念だがな。このおぼろげな記憶をはっきりさせるために、旅に出たのさ。俺は、何かどえらく重大な何かをその時見たつもりだったんだが、肝心のその点になると、何も見えてこない。それで、自分からその重大な何かを見つけようと思ったのさ」
皆は何か不思議なものを見るような面持ちで、グレニーの顔を見入っていた。グレニーには、人が嘘を付くときにいくら隠そうとしても必ずほんの少しは垣間見せる、自分の良心に対するやましさといったものは見受けられなかった。 純粋に、自分の心のわだかまりを晴らそうとし、そのひとかけらを見出した喜びが、グレニーの顔には表れていた。
「それで、ギャリオットという剣士は何を見たんだ?」
エルヴァージュが半信半疑といった表情のまま、グレニーに、さらに続きを促した。
「はは、信じられない話しばっかだよな。皆よく静かに聞いていられるぜ。まあ、一番信じられなかったのはこの俺なんだが・・・。だけどよ、最後にこれでもかってやつがあるぜ。聞いても怒るなよ。少なくとも、俺にとっては、全部が実際起こったことで、この目で見て、この耳で聞いたことだけだからな」
グレニーは、一息付いて、皆の顔を見回した。
「ギャリオットは、青水晶を見た後、俺に、本当の名前を教えてくれた。その名は、セルミナ、セルミナ=ジェストだ」
「セルミナだと!!」
昔の間を衝撃が走り、驚きと戸惑いが、皆の顔に表れ出た。しかし、もっとも激しく反応したのは、驚いたことに、ヴェルジレットだった。
「今、セルミナと言ったのか?その剣士の名がセルミナだというのか!」
今まで、大木の幹にその背を預け、ゆったりとした姿勢でグレニーの話を聞いていたヴェルジレットは、すさまじい速さで起き上がり、それこそ掴みかからんばかりの勢いで、グレニーに詰め寄った。
「そんなに気色ばむなよ。そうさ、あのセルミナ=ジェストさ。救世の英雄、「三英雄」の一人、魔王グラオスを封じようとサン=デュラス=カーナに乗り込んで見事魔王と相打ちを果たしたっていうあのセルミナさ。生きているなんて誰も信じちゃいないが・・・」
「いや、生きていることは信じている」
詰め寄られ、慌ててまくしたてるグレニーの言葉を遮り、ヴェルジレットはおもむろに立ち上がった。
「その男の髪の色は?目の色は?背格好は?剣はどちらに持つ?話すときに騎士特有の発音をするか?どうなんだ!」
「そんなこと言ったってあんたがセルミナ当人を知っていなきゃ本当かどうかなんてわからねぇだろう」
問い詰められ、半分自棄になって怒鳴りかえすグレニーを見下ろし、ヴェルジレットは急に落ち着きを取り戻し、焼けた鋼鉄が急速に冷えその冷たい鋭さを取り戻していくかのような変貌を見せ、鋭く、威圧するような言葉をその喉から絞り出した。
「今なら冗談だったと聞き流してやろう。しかし、二度目は許さん。たとえ冗談でも、俺の無二の友を俺の目の前で愚弄するような真似は・・・」
しかし、怒ったのは今度はグレニーの方だった。ヴェルジレットを鋭く睨みかえし、おもむろに立ち上がると、ヴェルジレットの前に指を突きつけ、怒鳴りかえした。
「冗談じゃあない!てめーはあいつを知っているのか!あー聞きたきゃ教えてやるよ、あいつの髪は黒髪さ、光るほどのな。目は薄い茶色、背格好はアースよりは低いが殆ど同じくらい、剣は両の手で使いこなす達人だよ!吟遊詩人なんかが言うような騎士達みたいな回りくどい喋りかたなんかしてなかったぜ!」
そこまでグレニーがまくしたてるとヴェルジレットは急に茫然とした表情になり、それこそ声にならないような声で呟いた。
「左の手首に・・・腕輪をしていなかったか・・・」
「はぁん?深紅玉のはまった月を摸した腕輪のことか?」
その言葉を聞き、茫然と周りを見回すと、ヴェルジレットは急にうつむくきしばらく黙り込むと、何か小さいうめき声をあげながら、肩を小刻みに震えさせはじめた。
「笑ってるのか?」
グレニーが苛立たしそうにそう声を掛けると、エリーシアが心配そうに呟いた。
「泣いて・・・いるの?」
「両方だ」
ヴェルジレットはそう言って顔をあげると素早く後ろを振り返り、皆に背を向けた。アースには、一瞬焚き火の火に照らしだされたその顔に、確かにうっすらと光るものが流れているのが見て取れた。
「可笑しくて涙が出たなんていうなよな」
グレニーの無遠慮な言葉に、エリーシアが苛立たしげに言い返した。
「もう、どうしてそんな言い方しか出来ないの?嬉しくて泣いてるんじゃない」
「灰色・・・いや、ヴェルジレットがこの20数年来捜してきた親友というのが、セルミナ=ジェストのことなんだ」
エルヴァージュが静かにそう言うと、皆が、納得したようにヴェルジレットの方を見た。
ヴェルジレットは、静かに感激に耐えているのか、大木の枝葉の隙間から見える月を見上げている。
「でも・・・20年も前なら、いくらなんでもヴェルジレットさんは子供でしょうに」
フェラルドが不思議そうに問いかけると、ヴェルジレットは右の甲で顔を拭うようにしてから、静かに振り返ってその問いに答えた。
「俺の体には、少しだけ、エルフの血が流れている。セルミナとは、あの「騎行軍」の戦いで共に最後の最後まで戦った戦友だ。そのころの俺は、今とは違う名で呼ばれていた」
そこで口を閉ざすと、ヴェルジレットは、一息間を置き、静かにその先を続けた。
「今度は、皆が信じぬ番だろう。俺の名は、リベリウス。リベウサー=ディア=マード。皆が「三英雄」と呼ぶ剣士の一人だ」
皆が取り囲む焚き火の火が、一瞬ひときわ激しく燃え上がり、驚くような音を立てて弾けた。その赤々とした炎に映し出され、もう一人の英雄が、月の光を背に立ち尽くしていた。