星屑たちの合奏団オーケストラ 02

2. 彼の、彼女の。

 教室はざわめいていた。
 夏美は少し遅れて教室についたのでなぜ、教室がざわめいているか分からない。周りから断片的に聞こえてくる話し声の中には「竜田山」とか「斎藤」とかいう単語 が入っているようだ。
 それから考えるにどうやら斎藤詩諸のことを話しているようだ。夏美は詩諸の事は出来れば触れたくない事だったので、なんとなく話に入っていく気になれず窓際の自分の席に座って窓の外をぼーっと見ていた。
 しかし、ほどもなく後ろから松本の声が聞こえた。
「ねえ、阿瑞さん、聞いた?」
 生き生きとした声。松本は噂話の種があるといつでもこんな声を出す。夏美はどちらかというと相手をしたくなかったが問い返した。
「なにを?」
「知らないの?みんな、その事で噂してるのよ。あのね、竜田山でまた、人が死んでたんだって」
 夏美の顔が真剣な顔になる。
「え?どういうこと?」
「今度はね、女子商の娘だって。やっぱり、パジャマを着たままで殺されてたって」
「・・・斎藤さんと同じ・・・」
「そう。傷の付き方もほぼ同じで同じ何かが殺したに違いないって」
「・・・」
 夏美は黙り込んだ。額に右手を当て右のひじを机につく。松本はかまわずに続ける。
「殺されたのは、島本詩香っていう娘だって。結構かわいい子だったらしいよ」
 ここまで一気にしゃべって夏美の様子がおかしいのに気がついた。
「あれ?どうしたの。阿瑞さん?顔色、悪いよ」
 夏美は慌てて表情を取り繕った。少し、笑顔に無理がある。
「あ・・・な、なんでもないよ。うん。ちょっと、想像しちゃって・・・気持ち悪くなっちゃっただけ」
「そ。あ、先生だ」
 そう言って、松本は自分の席の方に行ってしまった。
 夏美は胸騒ぎを感じていた。・・・一体、 何だろう、この胸騒ぎは・・・ただの獣なんかが起こした事故じゃないって事は考えてたし、連続して起こることも昨日、想像はしていたけれど・・・、いざ、連続して起こるのを目の当りにすると胸がどきどきして背筋がぞくぞくする。首の後ろの髪の毛がちくちくする感じ・・・前に小説で読んだ「誰かが自分の墓の上を歩いている」という表現が実感できる気がする。なにか、自分の中の何かが危険を察して警鐘を鳴らしているような・・・
 夏美は寒気の余り、自分では気付いていないが、がたがた震えている。顔は真っ青だ。その真っ青な額に脂汗がにじみだした。周りが妙に静かだ。教壇のうえから話しているはずの担任の声がとてつもなく遠く、プールの底からプールサイドの声を聞いているようだ。
 目の前が次第に暗くなる。担任の声も聞こえなくなっていく。意識が遠のいていくのを感じる。薄れた意識の中で夏美はか細い声を聞いた。
(星が・・・できあがるわ。私が一つ目、あの娘が二つ目。急いで・・・)
 声が遠のいていくのと同時に夏美の意識も急速に薄れていった。
 瑠璃香は新聞記者たちに紛れて殺人現場をうろついていた。そこは林の間の細い土の道だった。警察官がロープの前で物々しく立っている後ろで刑事らしい人達が動き回っている。
 瑠璃香は周りに聞き耳をたてて情報を少しでも集めようとした。そして、死亡時刻はまだはっきりとは分からないけれど、昨日の夜中らしい事、第一発見者は近所に住むOLでジョギングの途中に見つけたらしい事、被害者は女子高生で島本詩香という名前である事、そして傷の様子から見て昨日の事件と同じ犯人であるらしい事等を知った。
(でも・・・それだけじゃ分かった内に入らないわね。)
 瑠璃香は思いながらそっと目を閉じて息をひそめた。周りの音が次第に聞こえなくなってきた後、また聞こえてくる。しかし、声はさっきまでと違い、喧嘩というよりも何か自然の音の一部と感じる。やがて、瑠璃香は自分の意識が広がっていくのを感じた。そして、周りに残った気配を探れるようになる。
 驚いてうろたえている・・・これは発見者の残した気配。いらだってる。これは刑事の気配・・・
 やがて瑠璃香は一つの気配に注意を集中した。雑多な気配の中にもう、消えかかっている気配。それは強い恐怖と絶望、そして何故、私がという怒りが強くあらわれた気配だった。
 これが、被害者の気配・・・残した気。
 瑠璃香はそっと、心を澄ます。目の前に情景が浮かぶ。大きな影、表現しがたい異臭。そして、胸から腹にかけての鋭い痛み。気を感じるという事はその気の主と感覚を共有することだ、痛みも感じる。瑠璃香は顔をしかめて目を開けた。
(やはり、人間ではない。奴等か。)
 鋭い目でロープの向こうを見る。地面を黒く染めている血が、やけに生々しく思えた。
(ともかく・・・L・O・Gかどうかは分からないけど・・・人間じゃない。私たちにちょっかいださなきゃいいけど・・・)
 瑠璃香は現場に背を向けた。

 午後の阿瑞家。リビングルームは適度な光が入り見た目にも快適さを感じる。
 そのソファに玲が腰掛けている。向かいには玲と同じくらいの年の男が座っている。男にしては少し長めの髪に二重で切れ 長のしかしけだるそうな目。白い肌にすっと通った鼻筋。紅の薄い唇は微笑みを浮かべている。
 美少年、とでもいうのだろうか。均整の取れた顔立ちをしている。
「それにしても和輝はさ、いっつも突然だよな。大体、今日来るのに今朝、連絡するかなぁ・・・」
 玲の言葉に和輝は苦笑いを浮かべている。
「玲みたいに堅気な生活、してないからね。気楽な親の遺産暮らしだから。親戚の中じゃ色々、言われてるんじゃないかな。道楽野郎とか、遺産かじりとかさ」
「そんなこと、僕たちは思ってないよ」
「ああ。分かってる。阿瑞家の人間は「満たされた」人達が多いから。ただ一条の方がね。おやじとおふくろが死んだとき、遺産のどうのって言ってきたのは一条の人間だけだった。「貧すれば鈍する」ってやつさ。貧乏ってのは人を意地汚くしたりもするんだ。笑っちゃうよな。おやじの商売がうまくいったのは阿瑞の人達が資金を都合してくれたからなのに。自分たちはおやじを見捨てたくせに、いざ、おやじが死んで大きな金がちらつくと、さも親切そうに、しかもおやじの成功は自分たちのおかげでございって顔して少しでも多くたかろうとして来る。 俺は決して一条の奴等にはびた一文としてやらないんだ。阿瑞の人達には恩を感じるけど、一条には何もしてもらってないから」
 烈しい、口調。いつもけだるげな目が鋭く前をにらんでいる。玲は目を見開いて和輝を見る。
「あ。悪かった。つい興奮して。いけないな。この話題になると・・・おやじがいつも言ってたから。一条には気を許すな。 俺の親兄弟だけど気を許すなって。俺は知らないけどよっぽど。おやじは悔しいことがあったんだな。小さい頃からずっと俺にそう言ったから」
 そう言った和輝の目はもういつものけだるげな目だ。玲は笑った。
「人間、どこかにそういう自分じゃどうしようもない感情の部分があるよ。僕だって、咲耶の事になると、冷静になれないもん。ところでどうしてまた急に熊本に?」
「ああ。 今、俺、調べてる事があるんだ」
「調べてる事?」
「ああ。日本古代の事。考古学者や歴史家が聞いたら馬鹿にすると思うけど、でも俺は日本には昔、先住の高度な文明をもった民族がいたと思うんだ。それが九州ともつながりそうな気がしてね。熊本には色々遺跡があるだろ。とんからりんとか。それを見てみようと思って。もちろん、今のところ何の証拠もないけどね。シュリーマンだってトロイの木馬の伝説だけを頼りに調査を始めたんだ。僕にだって出来るかも知れない」
「和輝って、凄いな・・・そういうとてつもない事を本当にやろうとするんだもん」
 玲の純粋な尊敬の眼差しに和輝は照れて笑った。
「そんなたいしたものじゃないよ。ただ、道楽でやってるだけだからね。それも自分の稼いだ金じゃなくって親の遺産の利子の金を頼りにやってるんだから格好悪いよ」
「そんな事ないさ」
 玲の言葉に和輝はすこし嬉しそうにはにかんだ笑いを見せた。
「ああ。ありがと」

「勝利の戦車・・・しかし・・・悪品位だ。破壊・・・又はそれを望む者。そして・・・聖盃の女王。純粋なる水。隣には聖盃の9。幸福。共に好品位にあたる。「未来」の場所にこれがあるという事は・・・なにを意味するんだろう?女王は具体的に人物を意味する場合が多い。聖盃の女王は観察者、そして夢想家、詩的な女性。うーん。知ってる限りじゃ咲耶ちゃんかな。聖盃の9は成功、幸福、しかし、それは恐らく一時的な物。それに戦車が絡む。咲耶ちゃんに絡んで何か一見、幸運に見える物が訪れる。しかし、それは実は災いや破壊を呼ぶ物である。と、まあそういうことかな」
 和輝はそう言ってカードを集めた。
「じゃあ、咲耶が危ないって事?」
「一概にそうは言えない。ただ、これから何か破壊を望む者が咲耶ちゃんに何らかの係わりをもって来るらしい。咲耶ちゃん 自身に危害が及ぶかそれとも回りに危害が及ぶか分からない」
 玲は考え込む。
「とにかく、咲耶に注意しておかないと危ない?」
 和輝はうなずく。
「ま、所詮、占いっていってしまえばそれまでだけどな。でも、またL・O・Gが動き出してる気配なんだろう?」
「ああ」
「注意に越したことはないってことだ」
 和輝の言葉に玲はうなずいた。
「それにしてもL・O・Gってなんであんなにしつこいんだろう。全く、お陰でこっちは気の休まる暇もない」
「まあな、悪の秘密結社はしつこいものさ。仮面ライダーにやられてもV3にやられてもゴレンジャーにやられても復活するもんだよ」
「タイムボカンみたいに?」
「ははは・・・近いな。やられても回復の早い辺り」
「ま、ともかく、いい迷惑だよ。本当」
 玲はため息をついて窓の外を見た。また、一雨きそうな気配だ。
「ただいまー。濡れちゃったー」
 夏美の声がリビングに響いてくる。玲と和輝はチェスをする手を止めた。
「夏美姫のお帰りだ」
 和輝はそう言うと足元に置いた靴から包みを取り出した。
「なに?なつくんへのおみやげ?」
「ああ。この前、いいもの見つけてね」
 和輝はそう言って微笑んだときリビングのドアが威勢よく開いてびしょびしょに濡れて髪から水を滴らせている夏美が入ってきた。
「ただいまー。あれ和輝君・・・」
「やあ。なんて格好だ。せっかくの可愛い夏美姫がだいなしだ」
 夏美は少し赤くなった。
「和輝君、なにいってんのよ。あ、ごめん、ちょっと着替えてくるから」
 夏美はそう言うと小走りにリビングを出て行った。夏美が走っていった後にはぽつぽつと小さな水たまりができている。
「しょうがないな・・・なつくんは・・・」
 玲は苦笑いを見せながら立ち上がる。
「あ。ちょっと、タオル取ってくる」
 夏美と反対方向のドアに玲は入って行った。
 和輝は一人、残された形になった。一人になってみるとリビングは広すぎるほどに広い。和輝はなんとなく部屋を眺めまわした。
 窓の外はそう激しくではない雨が降っている。梅雨始めの雨のようだ。
 和輝はなんとなくため息をついた。そういえば・・・そういえば、前に両親が事故で死んだのもこんな梅雨の始まりの日だったな・・・和輝は少し憂鬱になってきた。
「あー、びっくりした。和輝君、いきなり来てんだもんな!」

 夏美は濡れた制服を脱ぎながらつぶやいた。少し震えながらバスタオルで体を拭きお気に入りのスエットに袖を通す。玲のプレゼントの奇麗な貝の絵がデザインされている白いスエットだ。
 頭を振って水気を飛ばすとベッドに座ってジーンズをはいて髪をかきあげた。
「それにしても、和輝君、本当に学校、行かなくっていいのかな。将来、困ると思うんだけどなぁ」
 つぶやきながらバスタオルで頭を包んだ。初夏が近いとはいえやはり雨に濡れると寒い。
 夏美は少し震えて立ち上がった。
「それにしても和輝君のあのきざなおふざけはどうにかしてほしいものだわ」
 つぶやきながら夏美は階段を降りた。玲はタオルを取りに風呂場へ歩いた。脱衣所の棚に置いてある赤いタオルを取ってリビングに帰ろうとした時、何か違和感を感じた。
「?」
 玲は振り向いて脱衣所をよく見渡した。タオルやバスタオルを入れてある棚、着替えを置いておく籐の籠、洗面台・・・特に変わりはない。
「何なんだろう?なんか違う気がしたけど・・・」
 つぶやいてみて気がついた。木だ。脱衣所に置いてあったゴムの木が無い。
「しょうがないなぁ。誰だ?木なんか持ち出したのは・・・」
 玲はそう言うとため息をつきやれやれといった感じで首を振りリビングに帰ろうとした。その時だ。風呂場から水の音が聞こえた。水滴が落ちたとかいう生易しいものではない。ざぁーっっというような激しい水音だ。玲は慌てて振り返った。
「誰かいるの?」
 答えは、無い。
 玲はじりじりと風呂場の方に近づく。そして硝子戸にそっと手をかけて一気に開けた。
「な・・・」
 玲は言葉を失った。風呂の中は普通じゃなかった。まず目につくのがゴムの木の鉢植えだ。鉢植えが大きな風呂桶一杯に溜まった赤い水の中に浸かっている。そしてゴムの木には首の所をロープで縛られて皮を剥がれた血だらけの動物がぶら下がっている。小型の犬か猫位かの大きさだが何だかは分からない。
 壁には血で文字が書かれている。
「我、汝等に復讐す。 L・O・G」
 玲は呆然と立ちすくんだ。
「え・・・L・O・G・・・」

「玲君、遅いね」

 和輝からのプレゼントの赤いジャケットを着た夏美が呟くように言った。
「ああ。どうしたんだろう・・・少しばかり遅すぎるな。見に行ってくるか」
 和輝は立ち上がり風呂の方へ歩きだした。夏美も続く。
「風呂にでも入ってるんじゃないか?」
「まさかぁ・・・」
 軽口をたたきながら脱衣所のドアを開ける。
「おい、玲」
 返事は無い。
「風呂場かな?」
 風呂の硝子戸を開ける。
 和輝は絶句した。後ろからのぞき込んだ夏美も。
「なに・・・これ・・・」
 と言ったまま言葉が出ない。
 風呂場はさっきと少し違っていた。ゴムの木や皮を剥がれた動物、それに赤く染まった水などはそのままだが壁の文字が変わっていた。
「我、汝等に復讐す。 L・O・G」
 ともう一つ、
「玲は預かった。恐怖に震えるがよい。 L・O・G」
 という文字が書き足されている。
「L.O.G・・・やりやがったな」
 和輝は怒りを露にして風呂から駆け出した。夏美はさっきの玲の様に呆然としてい た。
(玲君が・・・つかまった・・・)
 夏美にとって玲は恩人であり初恋の相手で最も自分を理解してくれる人だ。その玲が今、危機にさらされている。夏美の脳裏に様々な嫌な想像が駆け巡った。
 夏美は目を閉じて首を振った。想像を頭から締め出すように。
(そうだ。助けなきゃ、玲君を!)
 夏美は顔を上げた。その時、夏美の顔は野良猫の様な鋭さを帯びていた。

close
横書き 縦書き