MENS

 一人の、若い男がいた。

 彼は、22才の夏、人生の岐路に立たされた。

 彼が選べる道は一つ、唯一つもらった中小の出版社の内定を受ける事。
 中小にしては地道な売上をあげ、確実な読者層を掴み、時代の波にも影響されないような出版内容、そんな安定した会社だった。
 彼は物書きになりたかった。
 かなわぬまでも、と希望した出版業界で、唯一つもらった内定。
 他には何もなかった。

 若い男は、そこで内定を蹴り、不安定だが、夢を持ち続けることの出来る、フリーのライターの道を選んだ。
 5年後、彼は鏡に向かってぼやいていた。
「こんなだったら、あの時サラリーマンになっておくんだった。フリーのライターっていっても、聞こえはいいがその場限りの日雇い物書き。今まで俺が書いた記事になにがある?焼き肉屋の特集、キャバクラの体験記、東京都あなたのゴミの行方は!・・・はっ、自称エッセイストが聞いてあきれるぜ、全く」

 若い男は、そこで内定を受け、大きくなるチャンスは少ないが、安定した生活を送れる、会社勤めの道を選んだ。
 5年後、彼は鏡に向かってぼやいていた。
「こんなだったら、あの時フリーのライターにでもなっておくんだった。出版社勤務っていっても、聞こえはいいが経理部なんかに配属されりゃあ唯のサラリーマン。毎日毎日数字と書類とのおっかけっこ。給料をけちる割には残業はサービスだし会社が小さいから出世も望めない。ああ、嫌になるよ全く」

 10年後、男は友人に向かってこう愚痴をこぼしていた。
「お前はいいよな、堅実な銀行員だ、将来は約束されているしな。俺なんかこの前まで、大学出たてのひよっこ編集者に呼び捨て扱いだぜ。それが連載のエッセイがちょっと人気が出てきたらくんづけだよ、クン・づ・け。30過ぎてやっと人間の仲間入りだよ。俺の名前もやっと雑誌の隅っこに5ポイント分載るようになったけどな。今までは俺が書いた紀行文も文の下手な若手カメラマンの名前で載ったりしてたんだぜ。自分の書きたい文章なんて書けやしない。これじゃああの憎らしい編集長にサンヅケで呼ばれるのも100年先、頭を下げさせるには奴が死んじまうまでかかるかもな。はっきり言って選ぶ道を間違えたよ」

 10年後、男は友人に向かってこう愚痴をこぼしていた。

「お前はいいよな、フリーのファッションデザイナーだ、自由に仕事が出きるし上司に気を使わなくてもやっていけるしな。俺なんか10年間がむしゃらに働いてやっと主任だってよ、主任。主任っていっても名前だけ、いまだに課長の小間使いさ。やってることは入社1年目と同じ、やれ月末日だ、やれ決算だ、同じ計算を毎日毎日繰り返してるだけだもんな。それでいて先はもう目に見えていて、あと10年したら机2つ分ずれて課長補佐、そのあと10年で上手くしたらもう一個机がずれて課長、それから窓側の席に1メーター離れたところにある副部長の席までたどり着けるか分かったもんじゃない。俺が定年までの残り35年で進める距離は狭い会社のオフィスのたった2メーターぽっちが限度だ。はっきり言って選ぶ道を間違えたよ」

 20年後、男はどう変わっただろう?

 20年後、男はどう変わっただろう?

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